1981年に発表されたジョージ・ハリスンのアルバム『想いは果てなく〜母なるイングランド(Somewhere in England)』は、彼の音楽人生の中でも特に重要な意味を持つ作品です。当初、1980年に発売される予定だったこのアルバムは、レコード会社の「商業性が足りない」という判断でリリースが延期されるという波乱の船出を迎えました。
そんな最中に起きたジョン・レノンの暗殺という悲劇は、ハリスンの心に深い傷を残します。その痛みを昇華させるように生まれたのが「All Those Years Ago」。この曲は、ビートルズの解散後に分かたれたメンバーたちが再び集結し、奇跡の共演を果たした追悼曲として、今も語り継がれています。
この記事では、『想いは果てなく〜母なるイングランド』の全曲解説を中心に、アルバム発売延期の経緯や「All Those Years Ago」の背景、そしてジョージ・ハリスンがこの作品に込めた祈りと希望について詳しくご紹介します。

発売延期の経緯と「All Those Years Ago」の誕生
『想いは果てなく〜母なるイングランド』は本来、1980年に発売される予定でした。しかし、レコード会社であるワーナー・ブラザースは「商業性に欠ける」と判断し、収録曲の差し替えと新曲の追加を求めます。そんな状況の中で起きたジョン・レノンの暗殺。ハリスンはその悲しみを抱えながら、新たに「All Those Years Ago」を作り上げました。
この曲には、リンゴ・スターのドラム、ポール・マッカートニー夫妻のバックコーラスが加わり、ビートルズ解散後の3人が再びひとつの楽曲で音を重ねる奇跡が生まれます。音楽史に残るこの瞬間は、ジョージの「祈りと希望」が形となった瞬間でもありました。
ジョージ・ハリスンが語りかけた祈りと希望
『想いは果てなく〜母なるイングランド』は、単なる音楽アルバムではありません。そこには、愛する人を失った悲しみ、変わりゆく時代への問いかけ、そして未来への希望が込められています。ジョージ・ハリスンの静かな声は、時代を超えて、今も私たちに「あなたはどう生きますか?」と語りかけています。
「想いは果てなく〜母なるイングランド」の全曲解説
1. Blood from a Clone
音楽業界への痛烈な批判を込めた楽曲。「もっとヒットを狙え」というレコード会社の要求に対するジョージ・ハリスンの怒りと抵抗がにじみ出ています。「クローンからの血が欲しいだけだ」という歌詞は、過去のビートルズ的なサウンドやヒット曲ばかりを求める業界への痛烈な風刺です。
個人的には、1984年のマドンナの”Material Girl”を聴いたときに、「この曲と、何か似てる」と思いました。
なので、この曲を収録させたレコード会社の判断は間違っていなかったのでしょう。
2. Unconsciousness Rules
社会の無関心や虚無感を風刺した一曲。軽快なリズムに乗せたシニカルなメッセージが聴く者の心を刺します。
3. Life Itself
神への祈りを捧げるバラード。ジョージ・ハリスンのスピリチュアルな一面が穏やかなメロディーに溶け込んでおり、彼の精神性の深さを感じさせます。
4. All Those Years Ago
ジョン・レノンへの追悼曲。当初リンゴ・スターのソロ用として作られたものの、ジョンの暗殺後に歌詞が変更され、ハリスン自身が歌うことに。リンゴ・スターのドラム、ポール・マッカートニーとリンダ・マッカートニーのコーラスも加わり、ビートルズの3人が奇跡的に再結集した歴史的な一曲となりました。
5. Baltimore Oriole
ホーギー・カーマイケル作のカバー。香港と並んで、かつてイギリスの影響下にあった土地の象徴であり、アルバム全体のテーマ性にもつながっています。
6. Teardrops
失恋の痛みをキャッチーなメロディで表現したポップな一曲。切なさと軽快さのバランスが魅力です。
7. That Which I Have Lost
失われたものへの郷愁を歌う一曲。淡々としたサウンドに胸の奥に響く感情が込められています。
8. Writing’s on the Wall
人生の儚さや運命への諦観をテーマにした内省的な楽曲。ハリスンの哲学的な視点が色濃く表れています。
9. Hong Kong Blues
ユーモラスなブギウギナンバーで、香港という地名もイギリス支配下の歴史と関連し、アルバムのテーマとリンクしています。
10. Save the World
環境問題や社会問題への警鐘を鳴らす社会派ソング。未来を見据えた強いメッセージが込められています。
発売延期の経緯と「All Those Years Ago」の誕生
『想いは果てなく〜母なるイングランド』は、1980年秋に完成し、11月2日に発売予定でした。しかし、レコード会社ワーナー・ブラザースから「商業性が足りない」とのクレームが入り、アップテンポの曲を追加しなければ発売しないと告げられます。
さらにジョン・レノンの暗殺という悲劇がハリスンを襲い、アルバムの内容にも深い影響を与えました。新たに追加された曲のひとつが、ジョンへの追悼曲「All Those Years Ago」。この曲にはビートルズの3人が再び集まり、奇跡の共演が実現しました。
一方で、当初の構想であった「ホンコン・ブルース」と「バルチモア・オリオール」の位置は移動され、アルバムのテーマであった「イングランドの物語」は薄まり、ジャケットデザインも変更を余儀なくされました。
「想いは果てなく〜母なるイングランド」の当初の収録曲と変更点

『想いは果てなく〜母なるイングランド』には、当初完成した1980年バージョンと、最終的に発売された1981年バージョンの2つの形があります。当初のバージョンには、ジョージ・ハリスンらしい穏やかでスピリチュアルな楽曲が揃っていましたが、レコード会社の「商業性が足りない」という判断により大幅な変更が加えられました。
当初予定されていた曲(1980年のオリジナル・バージョン)
- Flying Hour(フライング・アワー)
- Lay His Head(レイ・ヒズ・ヘッド)
- Sat Singing(サット・シンギング)
- Tears of the World(ティアーズ・オブ・ザ・ワールド)
- Baltimore Oriole(バルチモア・オリオール)
- Hong Kong Blues(ホンコン・ブルース)
- Life Itself(ライフ・イットセルフ)
- Writing’s on the Wall(ライティングズ・オン・ザ・ウォール)
- That Which I Have Lost(ザット・ウィッチ・アイ・ハブ・ロスト)
- Save the World(セイヴ・ザ・ワールド)
このうち、「Flying Hour」「Lay His Head」「Sat Singing」「Tears of the World」の4曲がカットされ、新たにレコード会社の要望で以下の曲が追加されました:
追加された曲(1981年版で新たに収録)
- Blood from a Clone(ブラッド・フロム・ア・クローン)
- Unconsciousness Rules(アンコンシャスネス・ルールズ)
- Teardrops(ティアドロップス)
- All Those Years Ago(オール・ゾーズ・イヤーズ・アゴー)
削除された曲のその後
「Lay His Head」は後にシングル「(Got My Mind) Set on You」のB面曲として公式リリースされました。一方、「Flying Hour」「Sat Singing」「Tears of the World」の3曲は、ジョージの限定発売された豪華本『Songs by George Harrison』の特典レコードまたはCDでのみ聴くことができます。
失われたコンセプト
もともと「Hong Kong Blues」と「Baltimore Oriole」がアルバムの両端を飾る形で、イギリスのかつての影響下にあった土地を示し、イングランドを起点に世界を見つめるジョージの視点がコンセプトの中核でした。しかし、曲の差し替えとジャケットの変更により、この「母なるイングランド」というテーマは薄れてしまったのです。
まとめ
『想いは果てなく〜母なるイングランド』には、こうした制作過程での葛藤や妥協、そして愛する人を失った悲しみが色濃く投影されています。ジョン・レノンへの追悼曲「All Those Years Ago」は、そんな中で生まれた希望の光であり、ビートルズ再結集という奇跡の記録でもあります。当初の構想を知ることで、このアルバムが持つ意味の深さをより感じられるでしょう。
ジョージ・ハリスンが語りかけた祈りと希望
このアルバムは、愛する人を失った悲しみ、変わりゆく時代への問いかけ、未来への希望が込められた作品です。ハリスンはイングランドという母なる土地を背景に、自身のアイデンティティと向き合い、世界へ祈りを捧げています。ジャケットに映る彼の後ろ髪には、イングランドの形が象徴的に描かれています。
『想いは果てなく〜母なるイングランド』は、ジョージ・ハリスンの精神性と社会への視線、そしてビートルズの再集結という奇跡の瞬間を内包したアルバムです。商業性を優先した変更により、当初のコンセプトが薄れてしまった一面もありますが、それでもなお、ジョージの魂の叫びと希望は、時代を超えて私たちの心に届きます。このアルバムの背景を知った上で聴き直すことで、より深い感動を得られることでしょう。

