ジョージ・ハリスン『電子音楽の世界』とは?前衛音楽の金字塔を解説

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ジョージ・ハリスン 『電子音楽の世界』は、ビートルズの一員であるジョージ・ハリスンが1969年に発表した、極めて実験的なアルバムです。

このアルバムは、「アップル・レコード」のサブレーベル「ザップル」からリリースされ、調律されていないモーグ・シンセサイザーの音をそのまま録音するという革新的な手法が用いられました。

本記事では、ジョージ・ハリスンの『電子音楽の世界』の背景や特徴、そして前衛音楽としての位置付けなど、深く掘り下げてご紹介します。

この記事を読むとわかること

  • 『電子音楽の世界』制作の背景とモーグ・シンセの革新性
  • ジョージ・ハリスンの芸術性とザップル・レコードの役割
  • 全2曲の楽曲構成と前衛的な音響世界の魅力

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『電子音楽の世界』はどんなアルバム?

1969年にリリースされた『電子音楽の世界』(Electronic Sound)は、ジョージ・ハリスンのソロ名義で発表された2枚目のアルバムであり、彼のキャリアの中でも特に実験的かつ前衛的な作品として知られています。

このアルバムは、ビートルズが設立した「アップル・レコード」の中でも、実験音楽やスポークン・ワードなどに特化したサブレーベル「ザップル・レコード」からリリースされました。

1960年代後半の音楽シーンでは、電子音楽やシンセサイザーが徐々に注目され始めており、その波に乗る形で本作が制作されたのです。

本作の最も際立った特徴は、「モーグ・シンセサイザー」という当時まだ一般的ではなかった電子楽器を用いて構成されたことです。

このシンセサイザーは、現在の電子音楽の基礎を築いた革新的な楽器であり、ハリスンはそれをいち早く取り入れ、未知の音世界を探求しようとしました。

その結果として生まれたのが、従来のロックやポップスの形式を完全に逸脱したサウンドスケープです。

アルバムは2曲のみで構成されており、それぞれが片面を占める長尺のインストゥルメンタル作品です。

Side Aには「マージー壁の下で(Under the Mersey Wall)」、Side Bには「超時間、超空間(No Time or Space)」が収録されています。

いずれも即興的な音の流れが続く、抽象的かつ瞑想的な構成で、通常の楽曲とは一線を画します。

このアルバムを聴いた多くのリスナーは、「これは音楽なのか?」と戸惑ったことでしょう。

しかし、この問いこそがジョージ・ハリスンが提起した最大のテーマでした。

音楽とはメロディやリズムだけではなく、音そのものの可能性を探る行為でもあるという思想が、このアルバムには込められています。

アルバムジャケットには、ハリスン自身が描いたカラフルなイラストが使われており、そのビジュアルからもサイケデリックかつ超現実的な世界観が感じられます。

このジャケットは、音と同様に視覚的にも実験的であり、アートとしての一貫性を持っています。

「『電子音楽の世界』は単なる音楽作品ではなく、ジョージ・ハリスンが提示した一種の音響芸術体験である」

なお、本作は日本では1969年10月10日に、東芝音楽工業からリリースされました。

当時の日本の音楽シーンにおいて、モーグ・シンセサイザーを全面的に取り入れたアルバムは非常に珍しく、本作は日本でも前衛音楽として注目を集めました。

ただし、商業的には成功とは言い難く、その特異性ゆえに一部の好事家を除いて広くは受け入れられなかったのも事実です。

とはいえ、時代を超えて評価されるのが革新的な作品の宿命です。

現在では『電子音楽の世界』は、ロック・ミュージシャンが電子音楽に真正面から取り組んだ先駆的作品として、再評価が進んでいます。

このアルバムがなければ、後のアンビエントやエレクトロニカの発展も違ったものになっていたかもしれません。

ジョージ・ハリスンは本作を通じて、「音」と「音楽」の境界を曖昧にし、聴き手に問いかけました。

それは彼の精神的探求や哲学的思索と深く結びついており、単なるテクノロジーの利用に留まらない深い意図を感じさせます。

こうした挑戦的な姿勢こそが、ジョージ・ハリスンというアーティストの本質なのです。

制作背景とバーニー・クラウスの関与

『電子音楽の世界』が生まれた背景には、ジョージ・ハリスンとアメリカの電子音楽家バーニー・クラウスとの出会いがあります。

1960年代後半、ハリスンはビートルズとしての活動と並行して、個人としての音楽的・精神的探求を続けていました。

インド音楽や東洋哲学に傾倒する彼の関心は、やがて電子音楽という未知の分野にも及びます。

1968年、ハリスンはアメリカを訪れた際、ロサンゼルスで「モーグ・シンセサイザー」のデモンストレーションを行っていたバーニー・クラウスと出会います。

クラウスは電子音響の専門家であり、ロバート・モーグと共にこの新しい楽器の普及に取り組んでいた人物です。

彼はシンセサイザーの操作法から音色の調整、録音のノウハウに至るまで、ハリスンに多くの知識を提供しました。

しかしこのコラボレーションには、後に微妙な対立が生じます。

クラウスによると、『電子音楽の世界』のSide B「No Time or Space」は、自分がシンセを操作していたセッションを録音したものだと主張しています。

そのため、彼はクレジットへの記載を求めましたが、結果的にアルバムにはジョージ・ハリスンのみが演奏者として記載されました。

「私が実演したものを、彼(ハリスン)はそのまま使った。しかも私の名前はなかった」 — バーニー・クラウス(後年のインタビューより)

このエピソードは、電子音楽という未開のジャンルを巡る著作権意識の曖昧さや、創作の線引きの難しさを象徴しています。

とはいえ、クラウスの存在なくして、このアルバムが成立しなかったことは確かです。

制作当時の録音スタイルも非常にユニークでした。

ハリスンはロンドンの自宅にモーグ・シンセサイザーを持ち帰り、まるで楽器と会話するかのように音を出し、テープに記録していきました。

曲というよりは、音の流れや質感を重視した即興的なアプローチで、録音というより“ドキュメント”に近い感覚で制作されたと言えるでしょう。

この制作手法は、今日のエクスペリメンタル音楽やサウンドアートの先駆とされています。

既存の作曲・録音手法にとらわれず、「その場の音」をそのまま作品にするという考え方は、2020年代のノイズ・ミュージックやフィールド・レコーディングにも通じるものがあります。

つまり、ハリスンは当時の常識から逸脱しながらも、確実に未来の音楽を先取りしていたのです。

また、彼の取り組みは単なる技術的な探求に留まらず、「音によって内面と対話する」という精神性の表現でもありました。

その意味で、『電子音楽の世界』はジョージ・ハリスンにとっての内的世界の“音響的写像”だったとも言えるでしょう。

このようなアプローチは、クラウスという技術者の存在と、ハリスン自身の精神的探求心が融合した結果だったのです。

ザップル・レコードとハリスンの芸術性

『電子音楽の世界』がリリースされた「ザップル・レコード」は、1969年にビートルズのアップル・レコードから派生した前衛芸術専門のサブレーベルです。

ロックやポップスとは異なる芸術的・実験的な音楽、あるいはスポークン・ワードなど、メインストリームでは発表できない作品を世に出すための試みとして設立されました。

創設に深く関わったのは、ジョン・レノンとヨーコ・オノのカップルであり、彼らの影響力の下でザップルは動き始めました。

ザップル・レコードの第1弾リリースは、ジョンとヨーコの『未完成作品第2番 ライフ・ウィズ・ザ・ライオンズ』。

その次に発表されたのが、ジョージ・ハリスンの『電子音楽の世界』でした

つまり、このアルバムはザップル・レーベルの方向性と理念を体現する象徴的な作品でもあったのです。

ハリスンはビートルズの中でも特に内省的で、精神性の高い芸術表現に傾倒していました。

その傾向はシタールを取り入れた「Within You Without You」や、インド音楽との融合に見られますが、『電子音楽の世界』はそれをさらに純粋化・抽象化した成果と言えるでしょう。

メロディや歌詞を完全に排し、音のみで精神世界を表現しようとする姿勢は、まさに芸術家としての真骨頂です。

さらに注目すべきは、このアルバムのジャケットアートもハリスン自身が描いたという点です。

カラフルで幻想的なイラストは、シンセサイザーが生み出す音のイメージを視覚化したようでもあり、聴覚と視覚の両面で「異次元的な体験」を演出しています。

「音楽は耳だけでなく、心と目でも感じるべきだ」— ジョージ・ハリスンの美学がここにあります。

ザップル・レコードの活動は非常に短命で、わずか数作をリリースした後、1970年にはレーベル自体が閉鎖されました。

商業的な成功を目的としなかったこと、そして内容があまりにも実験的すぎたことが、その理由と考えられます。

しかし、この短命なレーベルが残した意義は大きく、後のアート・ロックやアバンギャルド音楽の源流として現在でも評価されています。

ハリスンにとってもこのレーベルは、純粋に芸術表現を追求できる自由な場だったのです。

ビートルズという巨大な枠組みの中で、常に主導権を握るのはレノンとマッカートニーでしたが、ザップルではハリスンが完全に自由でした。

その結果として生まれた『電子音楽の世界』は、彼の創造性と哲学が解き放たれた稀有な作品となっています。

今日ではアーティストがレーベルを立ち上げ、自らの作品を自分のルールで発信することが珍しくなくなりました。

しかし、それを1969年に、しかもビートルズという商業的成功の象徴とも言えるグループの一員が実行したという事実に、私は強い先見性を感じます。

ジョージ・ハリスンはただのギタリストではなく、アーティストであり思想家だった──そう確信させられる一枚です。

『電子音楽の世界』の収録曲と特徴

『電子音楽の世界』に収録されている楽曲は、たった2曲しかありません。

Side Aに「マージー壁の下で(Under the Mersey Wall)」、Side Bに「超時間、超空間(No Time or Space)」が収められ、それぞれ18分42秒、25分07秒という長尺構成になっています。

このスタイルは、ロックアルバムとしては異例であり、まさに前衛音楽としての姿勢を色濃く示しています。

Side A:「マージー壁の下で」(18:42)

タイトルにある「マージー」は、ハリスンの故郷リヴァプールを流れるマージー川を指すと考えられています。

その地名を冠したこの楽曲は、都市の喧騒や水の流れ、無意識のざわめきを電子音で描いたような印象を受けます。

モーグ・シンセサイザーの音色は、時に鋭く、時にうねるように変化し、音楽というより“音の風景”を体験しているような感覚です。

一定のテンポやメロディラインは存在せず、一つ一つの音の揺らぎや偶発性そのものが作品の本質を形成しています。

例えば、突如として飛び出すノイズのような信号音や、低周波の唸りが持続する瞬間など、聴く者の意識を非日常へと引き込みます。

私が初めてこの曲を聴いた時、最初は戸惑いと緊張を覚えましたが、時間が経つごとに次第に「無音の中の豊かさ」に耳が慣れていくのを感じたのです。

Side B:「超時間、超空間」(25:07)

続く「No Time or Space」は、まさにタイトルが示す通り、時間や空間の概念を超えたサウンド体験を提示します。

このトラックは、アメリカでのモーグ・シンセ体験中に録音されたセッションの一部とされ、より粗く、生々しい音の連なりが印象的です。

バーニー・クラウスが関与したとされるこのセッションは、即興性が高く、音の流れに明確な構造がありません。

この曲を聴くことは、あたかも音の迷宮に迷い込み、意識の深層に降りていくような体験に近いです。

電子音の波が寄せては引き、リスナーの内面に問いを投げかけてきます。

「これは音楽なのか、それとも音の記録なのか?」— そう問わずにいられません。

これら2曲の共通点は、徹底した非構成性にあります。

従来の楽曲に必要とされた「イントロ」「Aメロ」「サビ」といった構造は一切存在せず、時間軸の中に自由に音を漂わせるという手法がとられています。

これは後のブライアン・イーノによるアンビエント音楽や、現代のエクスペリメンタル系サウンドスケープにも影響を与えたといわれています。

一聴すると「何が起きているのか分からない」と感じるかもしれません。

しかし、このアルバムの真価は“聴く”のではなく“感じる”ことにあるのです。

ジョージ・ハリスンはメッセージやメロディではなく、音そのものの持つ「純粋な存在感」を、これら2曲を通して伝えようとしました。

ジョージ・ハリスン 『電子音楽の世界』の魅力を再発見しよう

『電子音楽の世界』は、ジョージ・ハリスンというアーティストが、自身の内的な探求と芸術的な実験を結晶化させた特異な作品です。

発売当初は「難解」「退屈」「ノイズに過ぎない」といった評価を受けることも少なくありませんでした。

しかし、現代においてこの作品を再び聴き直すと、そこには先見性と自由な創造力、そして音の本質を見極めようとする純粋な意志が読み取れます。

モーグ・シンセサイザーという当時まだ開発されたばかりの楽器を使い、伝統的な音楽の枠組みを飛び越え、音そのものと向き合う姿勢は、現在のアンビエントやドローン、サウンドアートに多大な影響を与えています。

また、バーニー・クラウスとのやり取りに見られるように、この作品は単独の創作物というよりも、人と人、技術と思想の交錯によって生まれた「音の記録」でもあるのです。

芸術は完成品でなくてもいい、そんなメッセージがこのアルバムからは感じられます。

特に今のようにAI音楽やプログラミングによる作曲が当たり前になった時代において、「人が手で作る音の混沌」には独自の味わいがあります。

この作品には、一つ一つの音の裏にハリスンの戸惑い、驚き、喜び、そして祈りのような静けさが刻み込まれています。

「これは理解されるための音楽ではなく、共鳴するための音」— そんな声が聞こえてくるかのようです。

また、ハリスン自身がジャケットを描いたことも忘れてはなりません。

視覚と聴覚が同時に作用するこの作品は、まるでインスタレーションアートのような全体芸術として捉えることができます。

「音楽はレコードに録音された音だけでなく、体験そのものだ」と考えるならば、このアルバムは現代の音楽観にも合致する先進的なスタンスを持っているのです。

たとえ当時のビートルズファンから酷評されたとしても、その先にあるものを見据えていたハリスンの姿勢は、今こそ称賛に値します。

『オール・シングス・マスト・パス』のようなポピュラーなソロ作の影に隠れがちですが、この実験的な作品を通じて、ハリスンの多面的な芸術性に触れることができるのです。

彼の音楽的冒険は、ジャンルや形式に縛られない、本物の表現欲求から生まれたものだと私は感じています。

音楽を“消費する”ものではなく“体験する”ものと考える方には、ぜひこの『電子音楽の世界』を一度聴いてみてほしいと思います。

ヘッドフォンで目を閉じ、時間と空間の感覚を解き放つ中で聴こえてくる音は、もしかしたら、ジョージ・ハリスンという人間の魂そのものかもしれません。

このアルバムは、時代を超えて語られるべき「音楽の原点への帰還」なのです。

この記事のまとめ

  • ジョージ・ハリスンが1969年に発表した前衛アルバム
  • モーグ・シンセを用いた革新的な音響作品
  • 全2曲構成で時間や構造に縛られない表現
  • バーニー・クラウスとの共演が制作の鍵
  • ザップル・レコードの理念と芸術性が凝縮
  • 視覚と聴覚が融合したインスタレーション的体験
  • 発売当初は評価が分かれたが現在は再評価が進む
  • ハリスンの精神性と音への探求心が深く刻まれた作品
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