1980年にリリースされたポリスの3作目のアルバム『ゼニヤッタ・モンダッタ』は、そのサウンドの完成度とは裏腹に、バンド内の混沌とした人間関係が垣間見える作品でもあります。
録音はツアーの合間という極めてタイトなスケジュールの中で行われ、メンバー同士の衝突や意見の対立が制作の過程に影響を与えました。
この記事では、ポリスの『ゼニヤッタ・モンダッタ』がどのようにして生まれたのか、その裏にある人間関係やアルバムに込められたメッセージを紐解いていきます。
この記事を読むとわかること
- ポリスの人間関係が音楽に与えた影響
- 『ゼニヤッタ・モンダッタ』収録曲の背景と意味
- 日本語・スペイン語版など世界での展開と評価

ゼニヤッタ・モンダッタに見えるポリスの人間関係の緊張
ポリスの3作目『ゼニヤッタ・モンダッタ』は、バンドの音楽的成熟を示す一方で、メンバー間の関係悪化が音に表出した重要なアルバムです。
リリース当時の背景には、過密なツアースケジュールと限られた制作期間があり、メンバーそれぞれのストレスが表面化していました。
その結果、本作には個々の意見の食い違いや、互いの音楽的嗜好がぶつかり合う様子が多く見受けられます。
象徴的なエピソードとして語られるのが、ギタリストのアンディ・サマーズが作曲した「Behind My Camel」です。
この曲に対して、スティングは「演奏を拒否し、録音テープを庭に埋めた」という逸話が残されています。
結果としてアンディ自身がベースも演奏し、スタジオで一人で仕上げたこの曲は、皮肉にもグラミー賞を受賞することとなります。
このようなエピソードは、ポリスが音楽的には絶頂期でありながら、メンバー間の関係は崩壊寸前だったという事実を示しています。
それぞれが独自の方向性を模索していたため、アルバム全体に「統一感と分断感」が同居する不思議な空気が漂っています。
この頃のポリスには「解散の予兆」がすでに表れていたとも言われ、音楽に緊張感を与える要素にもなっていました。
タイトな制作スケジュールが生んだ創作のひずみ
『ゼニヤッタ・モンダッタ』の制作は、1980年7月から8月という短期間で行われました。
それは、すでに決定していたツアースケジュールに間に合わせるためで、制作の余裕はほとんどなかったと言われています。
その結果、メンバー全員が極度のプレッシャーにさらされながら制作を進めるという異常な状況に置かれていました。
スチュワート・コープランドは後に「スタジオで毎日戦場のようだった」と語っており、この状況が楽曲に与えた影響は少なくありません。
例えば「Driven to Tears」や「Voices Inside My Head」などの曲には、即興性と切迫感が色濃く表れています。
これらのトラックは、完成度を求めるよりも瞬間のインスピレーションを重視して構成されたものが多いのです。
その一方で、短期間での制作が創作に与えるひずみも顕著でした。
例えば、「The Other Way of Stopping」はインストゥルメンタルとして完成していますが、どこか不安定で中途半端な印象を受けるのも否めません。
これは、制作に集中できる時間と精神的な余裕が足りなかった証拠とも言えるでしょう。
『ゼニヤッタ・モンダッタ』の音は、まさに緊張と疲弊の産物ともいえます。
その張り詰めた空気感は、逆にこのアルバムに独特の鋭さとエネルギーをもたらしており、リスナーに強い印象を残す要因となっています。
『ゼニヤッタ・モンダッタ』全収録曲とその解説
1980年にリリースされた『ゼニヤッタ・モンダッタ』は、全11曲を収録し、それぞれが当時の社会状況や個人の経験を反映した多様なテーマを持っています。
以下に、そのすべての楽曲と簡単な解説を紹介します。
- 1. 高校教師(Don’t Stand So Close to Me)
スティングの教育実習時代の経験をもとに描かれた楽曲で、教師と生徒の関係をテーマにしたセンセーショナルな内容。全英チャート1位を記録した代表曲。 - 2. 世界は悲しすぎる(Driven to Tears)
貧困と格差への怒りを込めた政治的メッセージソング。スティングの社会意識が反映された、アルバムの中でも特にメッセージ性の強い楽曲。 - 3. 君がなすべきこと(When the World Is Running Down, You Make the Best of What’s Still Around)
終末的な世界を舞台にした歌詞で、絶望の中でも前向きに生きようとする姿勢が描かれている。サウンドは反復的で中毒性が高い。 - 4. カナリアの悲劇(Canary in a Coalmine)
炭鉱で使われるカナリアの比喩を通じて、危険を察知しながらも行動できない人間心理を皮肉的に描いた、テンポの速い楽曲。 - 5. 果てなき妄想(Voices Inside My Head)
リズミカルでミニマルな構成が特徴。内なる声や不安、疑念に取り憑かれる精神状態を描いたサイケデリックな楽曲。 - 6. ボムズ・アウェイ(Bombs Away)
スチュワート・コープランドによる楽曲で、ソ連のアフガニスタン侵攻をテーマにしたポリティカル・ソング。鋭いリズムとアイロニーが特徴。 - 7. ドゥドゥドゥ・デ・ダダダ(De Do Do Do, De Da Da Da)
言葉の意味のなさ・情報過多社会への皮肉を込めた曲。世界的に大ヒットし、ポップで覚えやすいが、裏には深いメッセージがある。 - 8. ビハインド・マイ・キャメル(Behind My Camel)
アンディ・サマーズ作のインストゥルメンタル。スティングは嫌悪して演奏を拒否し、ベースもサマーズが担当。グラミー賞を受賞した因縁深い一曲。 - 9. スーツケースの流れ者(Man in a Suitcase)
絶え間ないツアー生活に疲弊する音楽家の姿を皮肉交じりに描いた、ユーモラスで軽快な楽曲。浮遊感のあるメロディも印象的。 - 10. シャドウズ・イン・ザ・レイン(Shadows in the Rain)
心の闇と混沌を描いたジャジーでスローテンポなナンバー。後にスティングがソロで再録音するなど、彼にとっても重要な一曲。 - 11. もう一つの終止符(The Other Way of Stopping)
スチュワート・コープランド作のインスト曲。メロディよりもリズムを重視した構成で、アルバムのラストを飾る実験的な楽曲。
これらの曲はいずれも、当時の社会情勢や個人的体験、人間関係の衝突などが色濃く反映されたものばかりです。
アルバム全体を通してみると、ポリスというバンドの音楽的多様性とともに、精神的葛藤や創作の苦悩が凝縮された一枚であることが分かります。
社会的・個人的テーマを含む収録曲の深層
『ゼニヤッタ・モンダッタ』に収録された楽曲は、単なるエンターテインメントにとどまらず、社会的・個人的なテーマを深く掘り下げた作品群です。
スティングや他のメンバーが自身の経験や思想を持ち寄り、時代を映す鏡のような楽曲が多く含まれています。
この章では、特に印象的な曲にフォーカスし、それぞれの背景や意味を探っていきます。
「高校教師」に見られるスティングの個人的経験
「Don’t Stand So Close to Me(高校教師)」は、スティングが実際に高校で教育実習を行っていた際の経験が元となっています。
教師と生徒の関係における道徳的ジレンマや社会的タブーをテーマに、センセーショナルな歌詞とメロディが印象的な楽曲です。
1980年当時、この曲はイギリスで大ヒットし全英チャート1位を記録しましたが、その裏には「暴露的」との批判も少なからず存在しました。
政治や社会問題を反映した「Driven to Tears」「Bombs Away」
「Driven to Tears」では、貧困や社会格差に対するスティングの怒りが描かれています。
「世界は悲しすぎる」という邦題が示す通り、世界を旅して実際に目にした現実が彼の心に強い印象を残した結果生まれた楽曲です。
また、スチュワート・コープランド作の「Bombs Away」は、ソビエトのアフガニスタン侵攻をテーマにしており、冷戦下における軍事的緊張を風刺しています。
このように、本アルバムはニュー・ウェイヴという音楽スタイルの中でも、メッセージ性の高い内容を積極的に盛り込んだ異色の存在でした。
単に時代の流行に乗るだけでなく、メンバー個々の思想や感情が表現された点が、今もなお多くのリスナーを惹きつける理由のひとつでしょう。
アルバムの評価と成功がもたらした光と影
『ゼニヤッタ・モンダッタ』は、リリースと同時に全英アルバムチャート1位を獲得し、商業的な大成功を収めた作品です。
世界中で高く評価され、ポリスが国際的ロックバンドとしての地位を確固たるものにするきっかけとなりました。
しかしその一方で、この成功がバンドに与えたプレッシャーや内部の亀裂も無視できない要素となっていたのです。
グラミー賞受賞曲と商業的成功の裏側
アルバム収録のインスト曲「Behind My Camel」は、グラミー賞の最優秀ロック・インストゥルメンタル・パフォーマンス賞を受賞し、アンディ・サマーズの功績が世界に認められることとなりました。
しかし、スティングがこの曲を嫌い、演奏に参加すらしなかったというエピソードは、商業的な栄光とは対照的なバンド内の緊張を象徴しています。
メンバーの方向性や音楽観の違いが顕著となり、成功すればするほど、人間関係のほころびが広がっていったことが伺えます。
「ドゥドゥドゥ・デ・ダダダ」:言葉と音の境界線を問うユニークな名曲

1980年にリリースされた「ドゥドゥドゥ・デ・ダダダ(De Do Do Do, De Da Da Da)」は、ポリスの楽曲の中でも特にキャッチーで覚えやすい一曲として世界的に大ヒットしました。
その一見ナンセンスなタイトルとは裏腹に、言葉の力と無意味さに対する深い皮肉が込められた楽曲です。
スティング自身が「人は言葉にすがりながらも、結局は意味を見失っている」と語ったように、現代社会における情報の氾濫や虚無性を風刺しています。
この楽曲は日本においても特別な形で紹介されました。
ポリスが2度目の来日公演を果たした際、「来日記念盤」として日本語詞バージョンが制作・リリースされたのです。
日本語詞は湯川れい子が担当し、音楽ファンの間で話題となりましたが、このバージョンはスタジオ・アルバムには未収録となっていました。
その後、この日本語版は1997年にリリースされたベスト・アルバム『ベスト・オブ・スティング&ポリス』の日本盤ボーナスCDにて初めてCD化され、長年のファンから歓喜の声が上がりました。
このCD化によって、日本の洋楽史における貴重な音源としての価値も再評価されています。
さらに興味深いのは、Ele Juarezによるスペイン語版の存在です。
このスペイン語詞ヴァージョンは、メキシコやコロンビアなどのラテンアメリカ諸国でリリースされ、B面には英語版が収録されるという形で展開されました。
言葉の違いを超えて共感されるリズムとメロディ、そして音そのもののメッセージ性が、この曲の国際的な魅力を物語っています。
このように「ドゥドゥドゥ・デ・ダダダ」は、単なるヒット曲にとどまらず、各国の言語と文化に適応されながらも一貫したテーマを持つ稀有な作品と言えるでしょう。
言葉の限界を超えて「音」だけが持つ純粋な力を感じさせてくれるこの曲は、今なお多くの人々の心を捉えています。
ニュー・ウェイヴの中でのポリスの独自性
『ゼニヤッタ・モンダッタ』は、ニュー・ウェイヴの波に乗りながらも、レゲエ、ジャズ、ロックの要素を融合したポリス独自のサウンドを確立した作品でもありました。
こうしたジャンルを横断するスタイルは、当時の音楽シーンにおいて非常に革新的であり、音楽的探求と大衆性のバランスを両立させた稀有な例とされています。
しかし、その野心的な音楽性の裏には、制作過程の困難や内部摩擦という代償が確実に存在していたのです。
つまり、『ゼニヤッタ・モンダッタ』の成功は、輝かしいキャリアの頂点でありながら、崩壊の兆しを孕んだ危ういバランスの上に成り立っていたと言えるでしょう。
その緊張感が、アルバムに独特のスリルと魅力を与えており、今なお「最高傑作」と評される理由の一つとなっています。
混沌とした人間関係が象徴されたポリスのアルバム『ゼニヤッタ・モンダッタ』のまとめ
『ゼニヤッタ・モンダッタ』は、ポリスというバンドが音楽的完成度と内部の人間関係の混乱という、相反する要素を同時に抱えたまま作り上げた稀有な作品です。
アルバムの至るところに、個々のメンバーの葛藤や対立、そしてそれを乗り越えようとするエネルギーが音として刻み込まれています。
その結果として生まれた作品は、聴き手に強烈な印象と感情の揺さぶりを与えるものとなりました。
音楽的完成度と人間関係の緊張の共存
このアルバムは、グラミー賞受賞、全英1位という結果からも分かるように、音楽的には紛れもない成功を収めました。
しかしその裏では、制作現場の張り詰めた空気や、メンバー間の断絶が静かに進行していたのです。
それはまるで、華やかなステージの裏側で繰り広げられるドラマのように、作品全体の色調を複雑にしていました。
ゼニヤッタ・モンダッタが示すバンドの転機
本作は、ポリスが世界的成功を手にしながらも、今後の方向性や絆を見失い始めたターニングポイントでもありました。
次作『ゴースト・イン・ザ・マシーン』では、よりダークで哲学的な世界観へと進化を遂げていくことからも、このアルバムがポリスの分岐点だったことがよく分かります。
『ゼニヤッタ・モンダッタ』は、混沌とした関係の中でも創作を続けるアーティストの姿を刻んだ、歴史的にも重要なロックアルバムなのです。
この記事のまとめ
- ポリスの3作目『ゼニヤッタ・モンダッタ』の背景
- 楽曲に込められた社会・個人のメッセージ
- 制作時の緊張とメンバー間の確執
- 「ドゥドゥドゥ・デ・ダダダ」の多言語展開
- グラミー賞受賞曲とその裏話
- 日本語版・スペイン語版のリリース秘話
- アルバム成功の影にあった崩壊の兆し
- 音楽的完成度と内面の葛藤が融合した作品

