1971年に開催された「バングラデシュのコンサート」は、ビートルズのジョージ・ハリスンが主導し、多くの伝説的ミュージシャンが集結した歴史的チャリティーイベントです。
このコンサートは、戦争と自然災害で苦しむバングラデシュの人々を救うため、音楽が社会にできることを世界に示しました。
本記事では、ジョージ・ハリスンがこのイベントに込めた思いや、出演者、演奏内容、そして今日に至るまでの影響について詳しく掘り下げていきます。
この記事を読むとわかること
- ジョージ・ハリスンが企画したチャリティーコンサートの全貌
- 収録された全楽曲と出演アーティストの背景や意義
- 音楽が社会を動かした歴史とその現在への影響

なぜ今、「バングラデシュのコンサート」が再び注目されているのか
1971年に開催された「バングラデシュのコンサート」は、音楽史においても社会運動史においても画期的な出来事でした。
しかし、50年以上経った今、なぜこのコンサートが再び語られ、「今こそ聴くべき」とまで言われるのでしょうか?
その理由を探るためには、当時の社会背景や、ジョージ・ハリスンがこのコンサートに込めた想いに目を向ける必要があります。
1971年当時の社会状況と開催のきっかけ
1971年、当時の「東パキスタン」は内戦と大規模な飢餓、さらには自然災害に見舞われ、1000万人を超える難民がインドへ流入するという深刻な人道危機に陥っていました。
この惨状を知ったインド出身の音楽家、ラヴィ・シャンカールが親友であるジョージ・ハリスンに支援を依頼。
そこから生まれたのが、世界初の本格的チャリティー・ロックコンサート「バングラデシュのコンサート」だったのです。
ジョージ・ハリスンとラヴィ・シャンカールの決断
当時、ビートルズ解散直後だったジョージ・ハリスンは、表舞台から距離を置いていました。
しかし、友人シャンカールの深い悲しみに心を動かされ、音楽を通じて世界に呼びかけるという大きな挑戦に立ち上がったのです。
「僕が声を上げれば、仲間たちも集まってくれる」──その言葉通り、次々と名だたるミュージシャンが協力を申し出てくれました。
ハリスンはこうして音楽で世界を変えるという理想に挑み、チャリティー・コンサートという新たな文化的潮流を切り開いたのです。
なぜ今、「バングラデシュのコンサート」が再び注目されているのか
1971年に開催された「バングラデシュのコンサート」は、音楽史においても社会運動史においても画期的な出来事でした。
しかし、50年以上経った今、なぜこのコンサートが再び語られ、「今こそ聴くべき」とまで言われるのでしょうか?
その理由を探るためには、当時の社会背景や、ジョージ・ハリスンがこのコンサートに込めた想いに目を向ける必要があります。
1971年当時の社会状況と開催のきっかけ
1971年、当時の「東パキスタン」は内戦と大規模な飢餓、さらには自然災害に見舞われ、1000万人を超える難民がインドへ流入するという深刻な人道危機に陥っていました。
この惨状を知ったインド出身の音楽家、ラヴィ・シャンカールが親友であるジョージ・ハリスンに支援を依頼。
そこから生まれたのが、世界初の本格的チャリティー・ロックコンサート「バングラデシュのコンサート」だったのです。
ジョージ・ハリスンとラヴィ・シャンカールの決断
ビートルズは1970年に公式に解散し、当時、ジョージ・ハリスンはソロアーティストとして新たな道を歩み始めていました。
彼はソロアルバム『All Things Must Pass』の成功後、表舞台での活動よりも精神性の高い創作や支援活動に傾倒し始めていた時期でもあります。
そのなかでラヴィ・シャンカールからの呼びかけを受け、ジョージは音楽を通じて人々を救うという新たな使命感を見出したのです。
「僕が声を上げれば、仲間たちも集まってくれる」──その言葉通り、次々と名だたるミュージシャンが協力を申し出てくれました。
ハリスンはこうして音楽で世界を変えるという理想に挑み、チャリティー・コンサートという新たな文化的潮流を切り開いたのです。
「バングラデシュのコンサート」が開催されると発表された当時、多くのファンが期待したのは、“ビートルズの再結成”でした。
ジョージ・ハリスンは、元メンバーであるポール・マッカートニーやジョン・レノンに出演を打診したとされ、特にジョンはこのコンサートについて、「本当は出たかった」と後に語っています。
しかし、当時のジョンはオノ・ヨーコとの関係が複雑化しており、彼女の出演の可否をめぐってハリスンと対立。最終的に出演を断念しました。
とはいえ、この経験がジョン自身の中に残り、翌1972年の「ワン・トウ・ワン・コンサート」へとつながっていったとも言われています。
その意味でも、「バングラデシュのコンサート」は単なるイベントではなく、アーティストたちの内面と社会意識を動かした大きな契機だったのです。
伝説を築いた豪華出演者とセットリスト
「バングラデシュのコンサート」が特別な存在である理由のひとつは、その出演者の豪華さにあります。
ジョージ・ハリスンが声をかけたミュージシャンたちは、ただの友情出演ではなく、音楽と社会を結びつける使命感を持ってステージに立ちました。
ボブ・ディラン、クラプトン、リンゴ…奇跡の共演
ステージに並んだ面々は、いま思えばまさに奇跡の集合体でした。
- ボブ・ディラン──ほぼ2年ぶりの公のパフォーマンスでファンを驚かせ、「A Hard Rain’s A-Gonna Fall」「Blowin’ in the Wind」などを披露。
- エリック・クラプトン──当時ヘロイン中毒からの回復途上でありながらステージに立ち、圧巻のギターソロを聴かせた。
- リンゴ・スター──ビートルズ時代を思わせる安定したドラムと、ヴォーカル「It Don’t Come Easy」で観客を沸かせた。
- ビリー・プレストン、レオン・ラッセル、バッドフィンガー──バックを支えながらも、ソロでも観客の心をつかんだ。
そしてもちろん、ジョージ・ハリスン自身のパフォーマンスも圧巻。
「While My Guitar Gently Weeps」「My Sweet Lord」「Bangla Desh」など、彼のスピリチュアルな世界観と社会的な想いが交差する選曲で、観客を深く包み込みました。
印象的な演奏とステージの名場面
このコンサートで語り継がれているのは、単なる演奏の上手さだけではありません。
ボブ・ディランの沈黙からの再登場、クラプトンのソロに漂う張り詰めた緊張感、ラヴィ・シャンカールのシタールから始まる静寂の幕開け──そのどれもが、「音楽が命を想う手段である」ことを静かに証明していました。
観客の拍手、ざわめき、涙。 この日のマディソン・スクエア・ガーデンには、音楽を超えた祈りが確かに存在していたのです。
『バングラデシュのコンサート』全収録曲とその解説
ディスク1:インド古典とジョージ・ハリスンの幕開け
Introduction – George Harrison & Ravi Shankar(5:19)
コンサートの幕開けは、ハリスンとシャンカールの対話から。観客に静けさを促すその姿勢が、このステージの真摯さを象徴しています。
Bangla Dhun – Ravi Shankar(16:40)
インド古典音楽の即興演奏。シタールとタブラの美しい掛け合いが、祈りのような空気を会場全体に浸透させました。
ディスク2:ジョージ・ハリスンと仲間たち
Wah-Wah – George Harrison
ビートルズ時代の葛藤を振り払うような、エネルギッシュなナンバー。ハリスンの自由を感じさせます。
My Sweet Lord – George Harrison
スピリチュアルな祈りのような名曲。観客も静かに耳を傾け、神聖な空気に包まれた瞬間でした。
Awaiting On You All – George Harrison
ゴスペルのエッセンスを持つ爽快な楽曲。神への信頼と解放をテーマにした、前向きなエネルギーが感じられます。
That’s The Way God Planned It – Billy Preston
ビリー・プレストンが放つ力強いボーカルと鍵盤。救済と希望のメッセージが高揚感とともに響きます。
It Don’t Come Easy – Ringo Starr
リンゴの代表曲。素朴な声で語られる人生の真理が、観客の心に優しく届きました。
Beware Of Darkness – George Harrison
内省的なバラード。闇に囚われることの危うさを語り、ハリスンの精神世界を映す一曲です。
Band Introduction
メンバー紹介のコーナー。ジョージの飾らない口調が和ませ、観客との距離が一気に縮まりました。
While My Guitar Gently Weeps – George Harrison
エリック・クラプトンとのギター共演が圧巻。嘆きと美しさが同居する名演です。
ディスク3:ディランと祈りのフィナーレ
Jumpin’ Jack Flash / Young Blood – Leon Russell
ラッセルによるロックンロール・メドレー。熱気と歓声が最高潮に達しました。
Here Comes the Sun – George Harrison
やわらかなギターのイントロが鳴り出した瞬間、会場に陽だまりが差し込んだような空気に。
A Hard Rain’s A-Gonna Fall – Bob Dylan
ディランの重厚な歌詞と声に、観客は静かに聞き入り、世界への問いかけに心を寄せました。
It Takes a Lot to Laugh, It Takes a Train to Cry – Bob Dylan
ブルースの香り漂う一曲。力を抜いたリズムの中に込められた深い哀感が印象的です。
Blowin’ In The Wind – Bob Dylan
静寂の中、観客との一体感が生まれた瞬間。時代を越えて響く平和へのメッセージ。
Mr. Tambourine Man – Bob Dylan
幻想的な詞世界と語り口。ゆったりとしたテンポが、観客を夢の中に導きました。
Just Like A Woman – Bob Dylan
哀しみと優しさが交差する名バラード。ディランの声が心の奥に染みわたります。
Something – George Harrison
愛の深さを静かに讃える、ビートルズ時代の名曲。より成熟した響きで再解釈されました。
Bangla Desh – George Harrison
このコンサートのハイライト。難民支援のために書き下ろされた曲で、希望の火を絶やさぬようにと力強く歌われました。
Love Minus Zero / No Limit – Bob Dylan(ボーナストラック)
2011年リマスター版に収録。愛と自由をテーマにした静かなラストトーン。
チャリティーの仕組みとその成果
「バングラデシュのコンサート」は、単なる音楽イベントではなく、具体的な人道支援のために設計された“行動する音楽”でした。
このセクションでは、その収益の流れ、税務上の課題、そして長期的にどんな影響を世界に与えたのかを紐解いていきます。
収益と寄付の行方
このコンサートで得られた収益は、ライブのチケット売上だけでなく、その後にリリースされたライブアルバムと映画の収益も含まれています。
総計すると、1985年までに約1,200万ドル(現在の価値で数十億円)が国連児童基金(UNICEF)を通じてバングラデシュ難民支援に充てられました。
ただし、その道のりは決して平坦ではありませんでした。著作権や税務の問題により、一部資金が凍結されたり、分配が遅れたりするトラブルもありました。
それでもハリスンは、「目的は目先の成果ではなく、長く支援を続ける仕組みを作ることだった」と語っています。
その後のチャリティー音楽イベントへの影響
このコンサートが残した最も大きなレガシーは、音楽による国際支援という“文化モデル”を世界に提示したことです。
以降、ミュージシャンたちは社会問題に対し、ただ歌うだけでなく、実際に動く存在となりました。
例えば1985年の「Live Aid」、2001年の「Concert for New York City」、2005年の「Live 8」など、後のチャリティーライブはすべて、バングラデシュのコンサートの精神を継承しているのです。
そして重要なのは、このコンサートの収益は今もなお、CDやDVDの印税という形でUNICEFに寄付され続けているということ。音楽の力は一夜限りでは終わらず、“響き続ける支援”として存在しているのです。
アラン・クラインとの確執と“正義”のすり減り
「バングラデシュのコンサート」は崇高な理念のもとに始まりましたが、その裏では、ジョージ・ハリスンと当時の元ビートルズのビジネスマネージャーだったアラン・クラインとの深い確執がありました。
クラインは、ビートルズ解散後もハリスンやジョン、リンゴのビジネスを担当していた人物で、コンサートの興行権をめぐって自身の会社ABKCO経由での利益取得を画策していたとされます。
ジョージは当初、コンサートの純粋なチャリティー化を目指しており、クラインが商業的な配給や税制優遇を盾に“管理”しようとする動きに強く反発しました。
最終的には法的手続きによって一部収益の保留や税務処理が難航し、「善意で始めたのに、利益の亡者が絡んでくるのは残念だった」とハリスンは後に語っています。
この経験がハリスンに与えた精神的ダメージは大きく、彼はその後、音楽活動において“裏方への疑念”を強く持つようになったとも言われています。
しかしそれでも、「音楽を信じる」という初心だけは捨てなかった。クラインとの決裂も含めて、ジョージ・ハリスンという人間の誠実さが浮き彫りになった瞬間でもありました。
シングル「Bangla Desh」──最初の“音による救済”
1971年7月28日、「バングラデシュのコンサート」のわずか4日前に、ジョージ・ハリスンは自身の名義でチャリティー・シングル「Bangla Desh」を緊急リリースしました。
これは商業的な成功を狙ったものではなく、「今、何ができるか」を問う音楽的行動でした。
この曲は、彼にとっても、そして当時のポピュラー音楽界全体にとっても、初めて“救援活動”を明確に目的としてリリースされたシングルです。
楽曲構成とメッセージ
イントロは、やや悲痛なピアノの和音から始まり、やがて重厚なバンドサウンドが加わる構成。ハリスンの声は切迫感に満ち、「人々が苦しんでいる、行動してくれ」と直接訴えかけるようなリリックが続きます。
特に印象的なのは、曲中で繰り返される「Now won’t you give some bread to get the starving fed」という一節。 抽象的な“祈り”ではなく、具体的な“援助”を求める強い意志が、聴く者の胸を突き刺します。
リリースとその後の反響
イギリスでは最高位10位、アメリカでもトップ40入りを果たしましたが、それ以上に重要なのは、この楽曲のすべての印税がUNICEFを通じて寄付されたことです。
チャリティー活動において、“音楽が先頭に立つ”という文化的姿勢を明確にしたこのシングルは、後の「Do They Know It’s Christmas?」「We Are the World」など、音楽による社会貢献活動の嚆矢ともなりました。
「Bangla Desh」は、ひとりのアーティストが持つ影響力を、社会的な善意のために使えるのだという、“証明”そのものだったのです。
シングル「Bangla Desh」──最初の“音による救済”
1971年7月28日、「バングラデシュのコンサート」のわずか4日前に、ジョージ・ハリスンは自身の名義でチャリティー・シングル「Bangla Desh」を緊急リリースしました。
これは商業的な成功を狙ったものではなく、「今、何ができるか」を問う音楽的行動でした。
この曲は、彼にとっても、そして当時のポピュラー音楽界全体にとっても、初めて“救援活動”を明確に目的としてリリースされたシングルです。
楽曲構成とメッセージ
イントロは、やや悲痛なピアノの和音から始まり、やがて重厚なバンドサウンドが加わる構成。ハリスンの声は切迫感に満ち、「人々が苦しんでいる、行動してくれ」と直接訴えかけるようなリリックが続きます。
特に印象的なのは、曲中で繰り返される「Now won’t you give some bread to get the starving fed」という一節。 抽象的な“祈り”ではなく、具体的な“援助”を求める強い意志が、聴く者の胸を突き刺します。
リリースとその後の反響
イギリスでは最高位10位、アメリカでもトップ40入りを果たしましたが、それ以上に重要なのは、この楽曲のすべての印税がUNICEFを通じて寄付されたことです。
チャリティー活動において、“音楽が先頭に立つ”という文化的姿勢を明確にしたこのシングルは、後の「Do They Know It’s Christmas?」「We Are the World」など、音楽による社会貢献活動の嚆矢ともなりました。
「Bangla Desh」は、ひとりのアーティストが持つ影響力を、社会的な善意のために使えるのだという、“証明”そのものだったのです。
バングラデシュのコンサートが私たちに伝えるもの
「バングラデシュのコンサート」は、単なる音楽イベントでも、慈善の手段でもなく、“行動する音楽”という概念そのものの原点でした。
それは、音楽の力がどこまで社会に届くか、という実験であり、挑戦であり、願いでもあったのです。
音楽が持つ社会的メッセージの力
ジョージ・ハリスンはこのプロジェクトを通して、「音楽は癒すだけでなく、変えることができる」という強い信念を示しました。
宗教や国境、ジャンルの違いを超え、世界中のリスナーに対して「今ここで、あなたにできることがある」と問いかけたのです。
その姿勢は、後進のアーティストたち──U2、ボノ、ブライアン・アダムス、さらには現代のビリー・アイリッシュやコールドプレイに至るまで、“メッセージを持つ音楽人”たちの規範となりました。
ジョージ・ハリスンの遺した精神と現在への繋がり
「バングラデシュのコンサート」から50年以上が過ぎた今も、その収益はUNICEFを通じて命を支え続けています。
また、近年のパンデミックや紛争を受けて、ジョージのこの行動に再注目が集まり、「私たちは再び音楽で何ができるのか」を問う声が世界中で高まっています。
ハリスンの音楽は“過去”ではありません。 それは今もなお、誰かの耳に届き、誰かの心に火を灯す、“現在進行形の祈り”なのです。
『バングラデシュのコンサート』から今、私たちが学べること【まとめ】
1971年夏、ニューヨークで起きた奇跡のような一夜。それは、ジョージ・ハリスンというひとりのミュージシャンの“痛みへの共感”から始まりました。
政治でも宗教でもなく、音楽が人を動かす──そんな想いの連鎖が、ボブ・ディランを、クラプトンを、リンゴ・スターを、ラヴィ・シャンカールを繋げていったのです。
バングラデシュのコンサートは、その後の音楽活動における“チャリティー”や“社会参加”の礎を築きました。
それだけではありません。 「無力感の中でも、何かできることがある」と、リスナー一人ひとりに行動の可能性を訴えかける原動力になったのです。
今、世界は再び混乱と苦しみの中にあります。 でももし、心を動かす音楽と、その背景にある意志に触れたなら── 「私も、誰かのために声をあげられるかもしれない」と、感じられるはずです。
『バングラデシュのコンサート』は、過去の記録ではなく、“希望の継承”です。 ジョージ・ハリスンが奏でた祈りの音を、いま、あなたの耳と心で聴きなおしてみてください。
この記事のまとめ
- ジョージ・ハリスン主導で行われた歴史的チャリティーコンサート
- ボブ・ディランやクラプトンなど豪華アーティストが共演
- 音楽で世界を救うという初の試みによる文化的転換点
- 収録全楽曲と演奏の背景が詳しく紹介されている
- UNICEFへの継続的な寄付と現在も続くその意義
- アラン・クラインとの確執など裏側の現実にも迫る
- 「Bangla Desh」シングルに込められた強いメッセージ
- 現代にも通じる“行動する音楽”の原点を再発見できる

