“逃避”と“破滅”の音世界へようこそ
1969年、ピンク・フロイドは映画『モア』のサウンドトラックとして、アルバム『モア』を発表しました。この作品は、彼らにとって初の映画音楽であり、サイケデリックなサウンドと共に“逃避”と“破滅”のテーマが色濃く表現されています。
アルバム全体に流れる刹那的な美しさと内省的な空気感は、リスナーに深い印象を残します。本記事では、『モア』という作品がどのようにピンク・フロイドのキャリアに位置づけられ、どんな音世界を描き出したのかを探っていきます。
この記事を読むとわかること
- ピンク・フロイド『モア』の全体像と音楽的特徴
- 収録曲ごとの世界観と映画との関連性
- “逃避”と“破滅”というテーマの表現手法

“逃避”と“破滅”の音世界へようこそ
1969年、ピンク・フロイドは映画『モア』のサウンドトラックとして、アルバム『モア』を発表しました。この作品は、彼らにとって初の映画音楽であり、サイケデリックなサウンドと共に“逃避”と“破滅”のテーマが色濃く表現されています。
アルバム全体に流れる刹那的な美しさと内省的な空気感は、リスナーに深い印象を残します。本記事では、『モア』という作品がどのようにピンク・フロイドのキャリアに位置づけられ、どんな音世界を描き出したのかを探っていきます。
ピンク・フロイド『モア』とは?
初の映画サウンドトラックとしての挑戦
『モア』は、ピンク・フロイドが1969年に発表したアルバムであり、フランスの映画監督バーベット・シュローダーによる同名映画のサウンドトラックです。バンドにとって初めての映画音楽制作であり、映像と音楽の融合という新たな地平に挑んだ意欲作でもあります。
多様なジャンルを横断する実験的構成
本作には、ハードロック色の強い「The Nile Song」、フォーク調の「Green Is the Colour」、ドローンのようなアンビエント・インストゥルメンタル「Quicksilver」など、ジャンルの壁を軽々と越える楽曲が並びます。即興性と実験精神に富んだこの構成こそが、『モア』の最大の魅力とも言えるでしょう。
“モア”というタイトルに込められた意味
“More(もっと)”という言葉が象徴するのは、快楽や逃避の果てにある欲望の無限ループ。作中の登場人物のドラッグ体験と重ね合わせるように、アルバム全体が「もっと深く」「もっと遠く」へと誘う、音の迷宮となっています。
『モア』の背景と制作過程
時代背景と映画『モア』の内容
1969年という時代は、ヒッピー文化と反戦運動が渦巻く激動の年でした。映画『モア』は、若者の自由を求める旅路と、その果てに待つドラッグ中毒と自己崩壊という現実を描いています。その物語の核心に寄り添うように、ピンク・フロイドは音楽を紡ぎ出しました。
即興性と時間に追われたレコーディング
レコーディングは1969年1月から2月にかけて、ロンドンのパイ・スタジオで行われました。映画のラフカット映像を見ながらの作曲・録音作業は、即興性が求められた一方で、限られた時間と予算がプレッシャーとなったとも言われています。スタジオでのダビングは行わず、ストップウォッチでタイミングを計るというアナログな手法も取り入れられました。
バンド内の変化と試行錯誤
本作は、シド・バレット脱退後の新体制となったピンク・フロイドにとって、実質的に最初のフルアルバム制作でした。ロジャー・ウォーターズ、デヴィッド・ギルモア、リチャード・ライト、ニック・メイスンの4人が、それぞれの役割を再定義しながら、試行錯誤を繰り返して生まれた音楽が詰まっています。
アルバム『モア』全収録曲とその解説
1. Cirrus Minor
アルバムの幕開けを飾るこの曲は、鳥のさえずりと穏やかなオルガンの音色で始まります。牧歌的で幻想的な雰囲気が漂い、リスナーを夢の世界へと誘います。
2. The Nile Song
ピンク・フロイドの中でも特にヘヴィなロックナンバー。ギルモアの力強いボーカルと歪んだギターリフが印象的で、バンドの新たな一面を感じさせます。
3. Crying Song
静かで内省的なバラード。ヴィブラフォンの柔らかな音色とギルモアの穏やかな歌声が、哀愁を帯びた雰囲気を醸し出しています。
4. Up the Khyber
メイスンとライトによるインストゥルメンタル。ジャズの影響を感じさせるドラムとピアノの即興的な演奏が特徴です。
5. Green Is the Colour
フォーク調の美しいメロディが印象的な一曲。ティン・ホイッスルの音色が加わり、自然の中での安らぎを感じさせます。
6. Cymbaline
夢と現実の境界を描いたような楽曲。幻想的な歌詞とメロディが、リスナーを不思議な世界へと誘います。
7. Party Sequence
短いインストゥルメンタルで、パーカッションとフルートの組み合わせが印象的。映画の一場面を彩る楽曲です。
8. Main Theme
アルバムの中心となるインストゥルメンタル。重厚なサウンドスケープが、映画のテーマを音楽で表現しています。
9. Ibiza Bar
「The Nile Song」に似たハードロック調の楽曲。エネルギッシュなギターとボーカルが特徴です。
10. More Blues
ブルースの影響を感じさせるインストゥルメンタル。ギルモアのギターが際立つ一曲です。
11. Quicksilver
実験的なサウンドが特徴のインストゥルメンタル。アンビエントな雰囲気が漂い、映画の幻想的なシーンを想起させます。
12. A Spanish Piece
スペイン風のギターが印象的な短い楽曲。ギルモアのクラシックギターの技術が光ります。
13. Dramatic Theme
アルバムの締めくくりとなるインストゥルメンタル。ドラマチックな展開が、映画のクライマックスを音楽で表現しています。
アルバム『モア』の音楽的特徴
ジャンルを横断する大胆な試み
『モア』は、ピンク・フロイドがサイケデリック・ロックの枠に留まらず、フォーク、ハードロック、アヴァンギャルド、アンビエントといった多様なジャンルに挑戦した意欲作です。映画音楽という性質上、シーンに応じた幅広い表現が求められたことが、こうしたジャンル的多様性に繋がっています。
楽曲ごとの極端なコントラスト
アルバム内には、「The Nile Song」や「Ibiza Bar」のような爆発的なハードロックと、「Cirrus Minor」や「Green Is the Colour」のように内省的で静謐なフォークナンバーが同居しています。このコントラストは、作品全体に不安定さとスリルをもたらし、リスナーを飽きさせません。
インストゥルメンタルに宿る“語られない感情”
『モア』にはインストゥルメンタル曲が多く含まれており、特に「Main Theme」や「Quicksilver」といった楽曲では、言葉にできない感情や映画の空気感を音だけで描き出しています。ノイズ、ドローン、リバーブの深さなど、当時としては実験的な手法が随所に見られます。
シド・バレット脱退後の音楽的模索
このアルバムは、カリスマ的存在だったシド・バレットの脱退後、ピンク・フロイドが新しい音楽的アイデンティティを模索する過程にあったことを象徴しています。特定の方向性に縛られない自由さと、どこか不安定な足取りが、かえって“生”の音楽の魅力を引き立てています。
“逃避”と“破滅”のテーマを読み解く
映画と音楽が共鳴する物語
映画『モア』は、保守的な日常に飽き足らず、自由を求めて旅に出た若者が、ドラッグの誘惑に取り込まれ、自己破壊へと堕ちていく過程を描いています。その物語に寄り添うように、ピンク・フロイドの音楽もまた、“逃避”と“破滅”をテーマに、心の内側を静かに照らし出します。
「Cymbaline」が映す不安と幻覚
「Cymbaline」は、歌詞に登場する“夜のゲーム”や“不安”といったキーワードからも分かるように、精神的な揺らぎや不安定さを巧みに表現した一曲です。ギルモアの柔らかい歌声と、淡く重なるサウンドが、まるで悪夢の中にいるような錯覚をもたらします。
「Green Is the Colour」に宿る一瞬の安らぎ
「Green Is the Colour」は、そんな混沌の中に差し込む一条の光のような楽曲です。愛や自然への回帰を思わせる穏やかなメロディは、束の間の救済や癒やしを与えてくれます。けれどその安らぎさえも、次の破滅への序章であるかのように、どこか儚さが漂います。
インストゥルメンタルが語るもの
「Quicksilver」や「Main Theme」といったインストゥルメンタル楽曲は、言葉では語れない心の底を映し出します。音が沈黙を纏う瞬間にこそ、逃避の先にある空虚や絶望が見え隠れするのです。
『モア』の評価と影響
リリース当初の評価と商業的成功
『モア』は1969年6月にリリースされ、英国チャートでトップ10入りを果たすなど、商業的にも一定の成功を収めました。映画のサウンドトラックという性質上、従来のアルバムとは異なる構成にも関わらず、多くのリスナーに受け入れられたのは、ピンク・フロイドの音楽的信頼と革新性によるものです。
批評家の反応と賛否両論
当時の批評家の間では評価が分かれました。一部ではアルバムの一貫性や明確なメッセージ性に欠けるとの指摘もありましたが、逆にこの“雑多さ”こそが映画音楽ならではの魅力だという声も。アルバムとしての完成度より、シーンごとの即興性やサウンドの幅広さに注目が集まりました。
後の作品に与えた影響
『モア』で得た映画音楽制作の経験は、その後の『Obscured by Clouds』(1972)やロック・オペラ『The Wall』(1979)など、映像との融合を意識したアルバム作りに活かされていきます。特に“音で語る”という感覚は、この時期に大きく研ぎ澄まされたと言えるでしょう。
ファンの間での評価と再評価
長らく“異端のアルバム”とされてきた『モア』ですが、時代が進むにつれて、その自由な作風や実験性に価値を見出す声が増えています。バンドの転換点を記録したドキュメントとして、そして、何より音そのものが持つ純粋な魅力によって、今なお根強い支持を集めています。
まとめ:『モア』が示すピンク・フロイドの進化
『モア』は、ピンク・フロイドが未知の領域に足を踏み入れた記録であり、映画音楽という新たなフィールドで自らの可能性を広げた実験的な作品です。サイケデリックな幻想、静かな内省、激しい破壊衝動——そのすべてが、この一枚の中に封じ込められています。
決して完璧なアルバムではないかもしれません。しかし、この不完全さこそが、人間的であり、リアルであり、聴き手の心に寄り添ってくるのです。
“逃避”と“破滅”というテーマに真正面から向き合った『モア』。この作品を聴くことは、ただ音楽に浸る以上の体験であり、自分自身の中にある不安や欲望と向き合うことにも繋がります。
もしあなたが、ピンク・フロイドの深淵に触れてみたいと思うなら。『モア』は、その入口として、これ以上ないほど濃密で美しい作品になることでしょう。
この記事のまとめ
- 映画『モア』のサントラとして制作された実験的アルバム
- ジャンルを横断した多彩な楽曲構成が特徴
- “逃避”と“破滅”のテーマが全編を貫く
- 収録曲ごとの詳細な解説で世界観を深掘り
- ピンク・フロイドの進化と試行錯誤が見える作品
- 後の代表作に繋がる映画音楽経験の原点

