ピンク・フロイドの1972年作品『雲の影(Obscured by Clouds)』は、映画『ラ・ヴァレ』のサウンドトラックとして制作された異色のアルバムです。
『狂気』に至る過渡期にあたるこの作品には、幻想的な音の重なりとノスタルジックな旋律が共存しており、ファンの間で密かに“知られざる名盤”として語り継がれています。
本記事では、『雲の影』に込められた幻想とノスタルジアの要素に焦点を当てながら、その魅力と音楽的意義を掘り下げていきます。
この記事を読むとわかること
- ピンク・フロイド『雲の影』全曲の特徴と聴きどころ
- 幻想的な音作りとノスタルジアの表現技法
- 『狂気』へつながる音楽的進化の背景

ピンク・フロイド『雲の影』の魅力とは?
『雲の影(Obscured by Clouds)』は、1972年にリリースされたピンク・フロイドの7枚目のスタジオ・アルバムであり、映画『ラ・ヴァレ』のためのサウンドトラックとして制作されました。
本作は大作『狂気』の制作中にレコーディングされたという背景があり、バンドにとっても“実験と息抜きの中間地点”のような特異な位置づけにあります。
幻想的な音世界とノスタルジックな旋律が重なり合い、ファンの間では「隠れた名盤」として高く評価されています。
“映画音楽”を超えたロックアルバムとしての完成度
『雲の影』は本来サウンドトラックであるにもかかわらず、全12曲中8曲がボーカル入りという点で、通常のロックアルバムとしても楽しめる構成です。
映画との親和性はもちろんのこと、個々の楽曲が持つ完成度は高く、単独での鑑賞にも十分に耐えうる魅力があります。
特に「Free Four」や「Childhood’s End」などは、歌詞に人生観や死生観がにじむ深い作品で、単なるBGMの枠を超えた存在感を放っています。
即興性とバンドの結束力が光る録音背景
本作は映画制作のタイミングに合わせ、短期間で即興的に制作されたことで知られています。
それでも全体のトーンが統一され、メンバーの結束力と音楽的センスが随所に光っているのは、まさにピンク・フロイドの真骨頂といえるでしょう。
特筆すべきは、当時まだ顕著ではなかったロジャー・ウォーターズと他メンバーの衝突がなく、全員が協力的に制作に参加していたという点です。
“脱フロイド”的な楽曲も見逃せない
「The Gold It’s in the…」や「Mudmen」など、一部の曲はピンク・フロイドらしからぬロック色やアメリカンな雰囲気が漂っています。
この柔軟性と自由さが『雲の影』の最大の持ち味であり、ジャンルにとらわれない多様な音の実験場としての一面を感じさせます。
商業的なヒットを意識せず、自分たちの感性に忠実に音を紡いだからこそ、今なお新鮮な響きが聴く者の心に残るのかもしれません。
『雲の影』全収録曲とその解説
アルバム『雲の影』は全10曲で構成されており、インストゥルメンタルとボーカル曲が絶妙なバランスで配置されています。
それぞれの楽曲には、映画『ラ・ヴァレ』の情景や登場人物の心理描写が音楽として織り込まれており、映画を知らなくてもその空気感に引き込まれる構成になっています。
以下、各曲の特徴と聴きどころをご紹介します。
- 1. Obscured by Clouds(インストゥルメンタル)重厚なシンセサイザーとギルモアのスライドギターが絡む、霧がかったような不穏な導入曲。映画の情景にそのまま入り込むような印象。
- 2. When You’re In(インストゥルメンタル)バンド全員による共作で、『クリーム』風のロックリフが印象的。劇伴感の強い構成で、40秒かけてフェードアウトしていく演出も特徴。
- 3. Burning Bridges(ヴォーカル曲)ライトとウォーターズの共作で、幻想的なアレンジとフロイドらしい浮遊感が溢れる1曲。ギルモアとライトの穏やかなハーモニーが心に残る。
- 4. The Gold It’s in the…(ヴォーカル曲)ギルモアのボーカルが躍動する、本作中最もロック色の強い楽曲。自由への憧れを明快に表現したリリックも新鮮。
- 5. Wot’s… Uh the Deal?(ヴォーカル曲)アコースティック・ギターとピアノが絡む美しいバラード。ギルモアの内省的なボーカルが心に沁みる。ジョン・レノンの影響も感じさせるメロディライン。
- 6. Mudmen(インストゥルメンタル)ライトとギルモアの共作。ピアノとギターが織りなす幻想世界は、映画のエキゾチックな雰囲気と絶妙にマッチ。
- 7. Childhood’s End(ヴォーカル曲)ギルモアが作詞・作曲・歌唱を担当。“大人になること”への葛藤と希望が描かれた珠玉の1曲。後期フロイドの音楽的布石とも言える内容。
- 8. Free Four(ヴォーカル曲)ウォーターズ作詞・作曲の、父への思いと人生観を綴ったシニカルなナンバー。軽快なリズムと重いテーマの対比が絶妙。
- 9. Stay(ヴォーカル曲)ライトとウォーターズの共作で、幻想的で官能的なメロディが魅力的。ワウペダルの使用や予想外の転調が聴き手を惹きつける。
- 10. Absolutely Curtains(インストゥルメンタル)ラストを飾るインスト曲。ニューギニア部族のチャント音源が挿入され、ワールド・ミュージック的要素を持つ実験的なトラック。
このように『雲の影』は、ロック・ポップ・アンビエント・ワールドミュージックが融合したサウンドの万華鏡とも言える構成です。
即興性と構成美、幻想と現実、心象と風景が交差することで、唯一無二の魅力を放っています。
幻想を感じさせる楽曲構成と音作り
『雲の影』というタイトルに相応しく、本作には霧に包まれたような幻想的な音のレイヤーが随所に散りばめられています。
それは単なる映画音楽に留まらず、ピンク・フロイドならではの“音で映像を描く”試みとして、後年の『狂気』や『ザ・ウォール』へとつながる重要な布石にもなっていました。
この章では、アルバムを構成するサウンドデザインと演奏面に注目しながら、その魅力を紐解いていきます。
シンセとスライドギターが織りなす音のレイヤー
オープニングトラック「Obscured by Clouds」では、EMS VCS3シンセサイザーの重厚な音と、ギルモアのスライドギターが絡み合い、もやの中に差し込む光のような音像を形成しています。
この曲の冒頭数秒で聴こえるうねるような音の波は、聴覚を通じて映像を喚起させ、映画と音楽の境界を曖昧にする実験が感じられます。
続く「Mudmen」では、ライトの穏やかなピアノとギルモアのスライドギターが織りなすメロディが、聴き手を無重力の空間に連れていくような浮遊感を生み出しています。
ギルモアとライトの透明感あるメロディーライン
本作におけるボーカルトラックは、どれも映画の情景に寄り添うような柔らかくも鋭いメロディーを持っています。
「Burning Bridges」や「Stay」などは、ギルモアとライトのボーカルが折り重なる構成となっており、メロディそのものが映像のように立ち上がる印象を与えます。
ワウペダルを駆使したギター音や予想外の転調も、“聴く幻想映画”としての世界観を効果的に演出しています。
静と動のバランスが生む音響のドラマ
全体を通じて、本作には派手な展開よりも静謐さと余韻を重視した構成が感じられます。
たとえば「Absolutely Curtains」では、終盤に現れるニューギニア部族のチャントが、“音楽が音を超えて文化や精神に触れる瞬間”を象徴しています。
また、「When You’re In」のようなリフ主体のインスト曲が、緩やかな波の中で変化する緊張感を生み出し、アルバム全体にリズムの抑揚を与えています。
このように、『雲の影』のサウンド構成は、“音が風景を描く”というピンク・フロイド特有の音楽哲学が明確に表れた作品だと言えます。
幻想を感じさせる楽曲構成と音作り
『雲の影』というタイトルに相応しく、本作には霧に包まれたような幻想的な音のレイヤーが随所に散りばめられています。
それは単なる映画音楽に留まらず、ピンク・フロイドならではの“音で映像を描く”試みとして、後年の『狂気』や『ザ・ウォール』へとつながる重要な布石にもなっていました。
この章では、アルバムを構成するサウンドデザインと演奏面に注目しながら、その魅力を紐解いていきます。
シンセとスライドギターが織りなす音のレイヤー
オープニングトラック「Obscured by Clouds」では、EMS VCS3シンセサイザーの重厚な音と、ギルモアのスライドギターが絡み合い、もやの中に差し込む光のような音像を形成しています。
この曲の冒頭数秒で聴こえるうねるような音の波は、聴覚を通じて映像を喚起させ、映画と音楽の境界を曖昧にする実験が感じられます。
続く「Mudmen」では、ライトの穏やかなピアノとギルモアのスライドギターが織りなすメロディが、聴き手を無重力の空間に連れていくような浮遊感を生み出しています。
ギルモアとライトの透明感あるメロディーライン
本作におけるボーカルトラックは、どれも映画の情景に寄り添うような柔らかくも鋭いメロディーを持っています。
「Burning Bridges」や「Stay」などは、ギルモアとライトのボーカルが折り重なる構成となっており、メロディそのものが映像のように立ち上がる印象を与えます。
ワウペダルを駆使したギター音や予想外の転調も、“聴く幻想映画”としての世界観を効果的に演出しています。
静と動のバランスが生む音響のドラマ
全体を通じて、本作には派手な展開よりも静謐さと余韻を重視した構成が感じられます。
たとえば「Absolutely Curtains」では、終盤に現れるニューギニア部族のチャントが、“音楽が音を超えて文化や精神に触れる瞬間”を象徴しています。
また、「When You’re In」のようなリフ主体のインスト曲が、緩やかな波の中で変化する緊張感を生み出し、アルバム全体にリズムの抑揚を与えています。
このように、『雲の影』のサウンド構成は、“音が風景を描く”というピンク・フロイド特有の音楽哲学が明確に表れた作品だと言えます。
ノスタルジアがにじむ歌詞とメロディ
『雲の影』に収録されたボーカル曲は、サウンドトラックでありながらも映像とは直接関係しない抽象的な歌詞が多く、聴く者の個人的な記憶や感情を揺さぶるようなノスタルジアを呼び起こします。
制作が短期間であったにもかかわらず、各曲にはメンバーの内面や人生観がしっかりと表現されており、シンプルさの中に深い詩情が漂っています。
「Childhood’s End」や「Free Four」に込められた記憶と時間
ギルモア作の「Childhood’s End」は、子供時代から大人になる過程での喪失感と希望を描いており、彼自身が力強くボーカルを務めています。
アコースティックギターとキーボードが描く音像の中に、“成長”という普遍的テーマが投影されており、聴き手は自分の人生と重ね合わせることができます。
一方、ウォーターズ作詞作曲の「Free Four」は、第二次世界大戦で亡くなった父への思いと、自身の葛藤をユーモラスなタッチで描いており、死と生のはざまで揺れる感情がにじみ出ています。
淡く儚いボーカルと浮遊するリズムが生む郷愁感
「Burning Bridges」や「Stay」では、ギルモアやライトのボーカルが穏やかに歌われ、夢の中を漂うようなメロディラインが耳に残ります。
歌詞は抽象的かつ日常的な描写を混ぜたような構成で、映画の筋と無関係でありながら、聴き手の感情をそっと包み込む力があります。
このあえて完成度を突き詰めない作風が、懐かしさと寂しさを同時に呼び起こす“80%の完成度”という絶妙な味わいを生んでいるのでしょう。
“歌詞と旋律”という、もうひとつのサウンドトラック
一般的なサウンドトラックとは異なり、本作ではボーカル曲が多く、それぞれが独立した物語性を持っています。
その物語性はあくまでリスナー自身の記憶や経験と結びついていくものであり、聴くたびに異なる“自分だけの映画”を再生するような感覚があるのです。
このノスタルジックな力こそが、『雲の影』を単なるサウンドトラック以上の作品へと押し上げている所以です。
『狂気』への橋渡しとしての『雲の影』
ピンク・フロイドの大作『狂気』が1973年に登場する直前、その“準備運動”のように位置づけられるのが、本作『雲の影』です。
『おせっかい』と『狂気』という2つの名盤に挟まれたこの作品には、サウンド・構成・思想の面で確かな進化の兆しが刻まれています。
ここでは、その“ミッシング・リンク”としての価値を紐解いていきます。
音響的・構成的進化の予兆
『雲の影』には、「炎の橋」「泥まみれの男」「ステイ」など、後の『狂気』に通じる静謐で内省的なアンサンブルが多く収録されています。
また、ギルモアのスライドギターやライトのキーボードが作り出す音響空間は、『狂気』における「Us and Them」や「Breathe」を彷彿とさせる場面も。
曲間の自然な流れやドラマ性の萌芽もあり、アルバム全体が徐々に“コンセプト・アルバム”へと進化していく過程を映しています。
後期ピンク・フロイドへの影響と位置づけ
「Free Four」は、ウォーターズの父親の戦死に触れた初期の楽曲であり、これは後の『ザ・ウォール』『ファイナル・カット』へとつながるテーマです。
この曲では表面的に軽快なメロディに反して、死や存在への問いかけが重層的に語られており、ピンク・フロイド特有の「内なる叫び」が始まりつつあることを感じさせます。
さらに「Childhood’s End」では、ギルモアが作詞を手がける貴重な1曲であり、1987年の『鬱』まで彼は作詞を手掛けていなかったことを考えると、その意味は小さくありません。
ミッシング・リンクとしての存在意義
制作はパリ郊外でわずか2週間という短期間で行われ、コンセプト色は薄いものの、大作主義へ移行する直前の“肩慣らし”として、演奏力と作曲力の土台が築かれています。
アルバム全体がリラックスした空気の中で制作されたことが、かえってピンク・フロイドの創造性を解放し、次なる名作への布石となったことは間違いありません。
まさに『雲の影』は、「狂気」へとつながる雲間の光であり、音楽史における重要な“過渡期”の記録なのです。
知られざる名盤、ピンク・フロイド『雲の影』|幻想とノスタルジアが交差するサウンドトラックのまとめ
『雲の影』は、ピンク・フロイドが『狂気』という歴史的名盤を生み出す直前、わずか2週間のレコーディングで仕上げた“サウンドトラック”という名の異色作です。
幻想的な音作りとノスタルジックな旋律が見事に溶け合い、肩の力を抜きつつも高い音楽性を持つ、知る人ぞ知る名盤として今なお輝きを放っています。
ここまでご紹介してきたように、本作にはフロイドの4人のメンバーの個性がバランスよく現れ、かつてない親しみやすさと奥行きの両方を持ち合わせています。
“中間地点”でこそ見えるバンドの真の魅力
『雲の影』は、『おせっかい』から『狂気』への道のりの途中であり、サウンドの純度が最も生々しく残された時期の記録です。
大作主義でも、実験音楽でもない、その中間にある音楽は、ピンク・フロイドが“バンド”としてもっとも自然体であった瞬間とも言えるでしょう。
ギルモアのギター、ライトの鍵盤、ウォーターズの詞、メイスンのドラムが、リラックスした空気の中で調和する――その“音の会話”が、このアルバムの本質です。
現代でも色褪せない、サウンドトラック的ロックの傑作
『雲の影』は時代に埋もれがちな作品ではありますが、今日においても新しいリスナーの心を静かに掴む力を持っています。
それは、音楽が持つ本質――“記憶と結びつき、感情を揺さぶる力”が、このアルバム全体に染み渡っているからです。
幻想とノスタルジアが交差する音世界に、耳を傾けてみてください。きっとあなた自身の“影の向こうにある光”を見つけられるはずです。
この記事のまとめ
- 映画『ラ・ヴァレ』のためのサウンドトラック作品
- 短期間で制作されたが完成度は高い
- 幻想的な音とスライドギターが印象的
- ノスタルジックな歌詞と旋律が心に残る
- 全12曲のうち8曲がボーカル入り
- 「Free Four」など後期作品の原点となる曲も収録
- 『狂気』への橋渡しとしての重要な位置づけ
- 肩の力を抜いた自然体のフロイドが聴ける
- 今も新鮮に響く、隠れた名盤の魅力

