1979年、ロンドンの冬。音楽はただの娯楽ではなく、祈りにも、叫びにも、救いにもなり得ることを世界に証明した——それが「カンボジア難民救済コンサート」でした。
ポール・マッカートニーの一声から始まったこのチャリティイベントには、クイーン、ザ・フー、クラッシュ、コステロといった錚々たる顔ぶれが集結。音楽の持つ力が、政治や国境を越えて人々の心をつないだ瞬間でした。
この記事では、2枚組LPに収録された全曲を一つひとつ取り上げ、その背景や演奏の魅力を丁寧に解説していきます。時代を越えて心を打つ音の記憶を、あなたの中にも刻んでみませんか?
この記事を読むとわかること
- 「カンボジア難民救済コンサート」の開催背景と意義
- LPアルバムに収録された全楽曲とその詳細な解説
- ポール・マッカートニーを中心に広がった音楽による連帯の力

『カンボジア難民救済コンサート』とは? その開催背景と歴史的意義
ポール・マッカートニーが立ち上げた「音楽による救済」の第一歩
1979年、世界はまだ冷戦の影を色濃く残し、東南アジアではカンボジアの内戦とポル・ポト政権の虐殺により、数百万の命が奪われた直後でした。そんな中、音楽ができることは何かと問いかけた男がいました。ポール・マッカートニー——その名前を聞いただけで、ビートルズの旋律とともに青春が蘇る人も多いでしょう。
彼が中心となり呼びかけたのは、「Kampuchea(カンボジア)」の人々を救うためのチャリティ・コンサート。4日間にわたってロンドンのハマースミス・オデオンで開催され、英国ロックの精鋭たちが無償で集まりました。そこにあったのは、売名でも自己満足でもない、ただただ「音楽の力で命を守りたい」という純粋な祈り。
集結したアーティストたちの顔ぶれとその意味
参加したアーティストのラインナップは、まさに奇跡の一言。ザ・フー、クイーン、ザ・クラッシュ、プリテンダーズ、エルヴィス・コステロ、ロックパイル、そしてもちろんポール・マッカートニー&ウイングス。この幅広い世代とジャンルをまたいだ出演者たちの共演は、単なる音楽イベントの枠を超えた「連帯の象徴」でした。
1970年代末期の音楽シーンを代表する彼らが一堂に会することなど、通常では考えられないことです。ポールが築いてきた音楽人脈と、彼の誠実な人柄ゆえに実現したとも言えるでしょう。誰もが「今、音楽ができることを信じたい」と願っていたのです。
チャリティの流れが音楽シーンに与えた影響
この「カンボジア難民救済コンサート」は、のちの1985年「ライヴ・エイド」へと続く、チャリティと音楽の融合の先駆けとなりました。利益を目的としない「人道のための演奏」が、多くの音楽ファンと社会の心を動かし、慈善活動としてのロックの可能性を提示したのです。
「音楽は世界を変えられるのか?」という問いに対し、このコンサートは静かに、しかし確かに「Yes」と答えてみせたのです。
収録曲全曲紹介【Disc 1】——疾走するロックと社会の叫び
ザ・フーから始まる熱狂——“Baba O’Riley” ほか
アルバムの冒頭を飾るのは、ザ・フーの「Baba O’Riley」。シンセサイザーが刻むループが、まるで夜の鼓動のように胸を打つオープニングです。ピート・タウンゼントのギターが火を吹き、ロジャー・ダルトリーのシャウトが空間を裂く。この瞬間、観客は「ロックとは祈りだ」と実感したことでしょう。
続く「Sister Disco」では、当時隆盛を誇ったディスコ文化を皮肉りつつも、そのグルーヴに負けないバンドのパワーが炸裂。「Behind Blue Eyes」は静かな内省と激情が交錯する名曲で、ロジャーの声に潜む人間の孤独が、耳元で囁いてくるようです。
「See Me, Feel Me」では、ロック・オペラ『トミー』のクライマックスが甦り、まるで観客とザ・フーがひとつの身体になったかのような熱気が生まれました。これら4曲は、ザ・フーというバンドが「音」で物語を紡ぐアーティストであることを改めて証明するものでした。
プリテンダーズ、コステロ、ロックパイルが刻んだ革新性
プリテンダーズの「The Wait」から始まる中盤は、ポスト・パンクとニューウェーブの息吹を感じる時間帯。クリッシー・ハインドのキリッとしたボーカルは、まるで時代の空気を切り裂く刃のよう。続く「Precious」では、攻撃性とセクシュアリティがせめぎ合い、観客を完全に虜にします。
エルヴィス・コステロ&アトラクションズの「The Imposter」「Crawling to the USA」は、アメリカ社会への風刺を効かせつつも、どこかポップな手触りを残す不思議な魅力を持っています。政治的メッセージとポップ・センスが同居した彼の音楽は、このイベントの「声」そのものでした。
ロックパイルによる4曲も、特筆すべき存在感を放ちます。特に「Girls Talk」は、ニック・ロウの軽快なメロディラインとエドモンズのギターが絶妙に絡み合い、肩の力を抜いて楽しめるロックンロールの真骨頂。最後に披露されたチャック・ベリーのカバー「Let It Rock」は、このディスクを軽やかに締めくくる、最高のエンディングトラックでした。
収録曲全曲紹介【Disc 2】——祈り、希望、そして未来へ
クイーン、クラッシュ、そして多様な個性が交差する熱演
Side Cの幕を切るのは、クイーンの「Now I’m Here」。フレディ・マーキュリーのヴォーカルとブライアン・メイのギターが絡み合う、まさにライブ映えするナンバーです。観客とのコール&レスポンスも鮮やかで、クイーンがステージ上でどれだけ輝けるかを再認識させてくれます。
続く「Armagideon Time」は、ザ・クラッシュの選曲。レゲエのリズムに社会的メッセージを載せたこの曲は、1979年という時代背景において極めて象徴的。次に登場するイアン・デューリー&ブロックヘッズの「Hit Me With Your Rhythm Stick」は、ファンキーで遊び心に満ちたナンバー。ダンサブルなリズムが会場を熱狂させます。
そしてスペシャルズの「Monkey Man」。ジャマイカのスカをルーツに持つ彼らの演奏は、音楽がいかにして民族や文化を超えて共鳴し得るかを感じさせます。Side Cは、まさに多様性と個性の交差点。それぞれのバンドが違う言語で「連帯」を語る、音のカタログのような面白さがあります。
ポール・マッカートニーとロケストラが描くクライマックス
Side Dは、ポール・マッカートニー&ウイングスの演奏で始まります。「Got To Get You Into My Life」は、ビートルズ時代の再演ながら、ホーンアレンジが効いていて華やか。「Every Night」はソロ期の代表的なバラードで、静けさの中に深い愛情が宿っています。
「Coming Up」は、この時期のポールらしい軽快なポップナンバー。ディスコ調のビートが効いたキャッチーな楽曲で、会場の雰囲気を一気に明るくする存在でした。
興味深いのは、この曲が「カンボジア難民救済コンサート」の直前に始まった全英ツアーで初めて披露されたという点です。正式なリリースは、翌1980年、ポールが日本で逮捕されたあの騒動の直後。このコンサートでの「Coming Up」は、まだ誰の耳にも馴染みのない“未来のヒットソング”として響いていたのです。
だからこそ、この演奏には特別な意味があります。未知の曲を初めて聴く観客の驚きと、ポール自身が未来への期待を込めて送り出したその一歩。それはまさに「新しい時代の幕開け」を告げる音だったのかもしれません。
続く「Lucille」はロックンロールの原点へのオマージュ。リトル・リチャードへのリスペクトが感じられ、ロックのルーツに立ち返るような清々しさがあります。
そして「Let It Be」。この瞬間、会場の空気は一変します。静謐なピアノ、優しく響く声、「答えはきっと、あるのだ」と歌いかけるこの楽曲が、誰の心にもそっと寄り添ったに違いありません。
最後は「Rockestra Theme」。名だたるミュージシャンが一堂に会し、インストゥルメンタルでありながら言葉以上に語る壮大な一曲。このテーマにこめられたのは、音楽そのものへの信頼、仲間との絆、そして“声なき人々”へのメッセージ。その響きは、時を超えて今なお私たちの胸を打ちます。
音楽が結んだ心——このコンサートが私たちに残したもの
あの夜の演奏が今も語り継がれる理由
「Concerts for the People of Kampuchea」——このコンサートは単なるチャリティイベントにとどまらず、“音楽ができること”の限界を試し、そしてその可能性を押し広げた瞬間でした。ポール・マッカートニーの呼びかけに応じて、世代もジャンルも異なるアーティストたちが一堂に会し、ひとつの目的のもとに音を紡いだ。
今、あの演奏を振り返るとき、そこには“奇跡の夜”以上のものがあります。それは音楽にできることの証明であり、連帯の記録であり、そしてなにより、無数の“名もなき祈り”を受け止めようとした人間の証です。
カンボジア難民救済というテーマの現在
40年以上の時が流れ、カンボジアの情勢は大きく変化しました。けれど、世界のどこかでは今も同じように、戦争や飢餓、難民という言葉に苦しむ人々がいます。
このコンサートは、そのような現実に対し、音楽が“無力ではない”という事実を教えてくれました。あの日ロンドンで響いた音は、今なお私たちに問いかけます——「あなたは、何を信じて、何を届けようとしていますか?」と。
再評価されるべき「人道的音楽」の記録
サブスク全盛の時代において、このアルバムは決してアクセスしやすいものではないかもしれません。けれど、だからこそ、このライブ盤は“探し出してでも聴く価値がある”作品です。
これは単なる記録ではなく、あの場に立った全てのアーティストと観客が交わした、無言の約束のようなもの。耳を傾けるたびに、忘れていた何かを思い出させてくれる。それは、音楽が持つ根源的な力——癒し、奮い立たせ、そして“寄り添う”という力に、ほかならないのです。
「音楽で世界を変える」——それは青臭く、時に非現実的にも思えるかもしれません。でも、あの夜、確かにロンドンのステージには“未来を信じる音”が鳴っていました。そしてその音は、今も、あなたの耳元に、静かに届こうとしているのです。
この記事のまとめ
- ポール・マッカートニーの呼びかけで始まったチャリティライブ
- クイーン、ザ・フーらが参加した音楽史に残るイベント
- 収録LPの全曲を時代背景とともに丁寧に解説
- 「Coming Up」はリリース前の貴重なライブ演奏
- Rockestra Themeは音楽による連帯の象徴
- カンボジア難民支援という人道的目的の重み
- のちの「ライヴ・エイド」へと続く先駆け的試み
- 音楽が持つ社会的な力と可能性を再認識

