『プレス・トゥ・プレイ』を聴き返す──80年代の迷走か、挑戦か?ポール・マッカートニーの知られざる実験作

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ポール・マッカートニーの1986年作『プレス・トゥ・プレイ』は、ファンの間でも意見が分かれる作品です。

当時の80年代ポップスに歩み寄ったサウンドと、実験的な試みの数々。果たしてこれは“迷走”だったのか、それとも“挑戦”だったのか。

本記事では、『プレス・トゥ・プレイ』の評価や収録曲を振り返りながら、再評価の視点からその魅力を探ります。

この記事を読むとわかること

  • ポール・マッカートニーのアルバム『プレス・トゥ・プレイ』の全体像と楽曲構成
  • 80年代サウンドやプロデューサー交代が作品に与えた影響
  • 発売当初の評価と、近年における再評価の背景

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プレス・トゥ・プレイの収録曲と注目ポイント

『プレス・トゥ・プレイ』の魅力は、80年代ならではの音作りと共に、ポール・マッカートニーの楽曲職人としての一面が光る点にあります。

ただしそれは、一聴して誰もが心を掴まれるというタイプの「名曲揃い」ではありません。

本章では、そんな本作の収録曲の中でも、特に注目すべきポイントを紹介していきます。

アルバムの幕開けを飾る「Stranglehold」は、ファンキーなギターとタイトなドラムに導かれるナンバーです。

どこかロカビリーを思わせるリズムと、エリック・スチュワートとの共作による緊張感のあるメロディ展開が印象的です。

音的には1980年代のコンプレッサー処理やゲート・リバーブの影響を色濃く受けていますが、それがポール流のメロディと融合しており、賛否両論を生む要因にもなっています。

続く「Good Times Coming / Feel the Sun」は、二部構成になった実験的な楽曲です。

レゲエ風のビートとシンセサイザーをベースにしたポップな作りでありながら、メッセージ性は薄く、どこか「ぼんやりした印象」を残します。

実際にこの楽曲については、

「やりたいことが漠然としすぎていて、プロデューサーが詰め切れていないように感じた」との感想

もありました。

アルバム中で最もシングルらしいポジションにある「Press」は、本作の中核を担う重要曲です。

軽快なビートとラジオ受けの良いキャッチーなメロディ、そして「Darling,I love you very,very,very much」という印象的な歌詞で、当時のMTV世代にはある程度のヒットを記録しました。

ただし、それがポールらしさか?という問いには答えづらい部分もあり、ファンの中でも評価は割れています。

一方で「Pretty Little Head」は、本作でもっともプロデューサー・ヒュー・パジャムの色が出た楽曲です。

まるでポリスを彷彿とさせるリズム構成に、ポールらしからぬ不穏なサウンドスケープが展開され、ポールとパジャムの相性の悪さを象徴する曲とも言えるでしょう。

このような音楽的な「挑戦」が評価される一方で、ポールのメロディとの齟齬を指摘する声も多くあります。

最終曲「However Absurd」は、壮大なストリングスとスローな展開で締めくくられるドラマチックな一曲です。

アルバムを通しての起伏に乏しい印象の中で、唯一ラストでドラマ性を感じさせる構成となっており、ポールの意図的な配置が感じられます。

ただし、そこに至るまでの流れが希薄なため、「回収されない伏線」的な残念さを感じるリスナーもいるでしょう。

『プレス・トゥ・プレイ』全収録曲とその解説

  • 1. Stranglehold
    アルバム冒頭を飾るナンバーで、ファンキーなギターとパーカッシブなドラムが印象的です。10ccのエリック・スチュワートとの共作で、80年代らしい音の密度と、どこかロカビリー風の風通しの良さが共存する不思議な楽曲です。
  • 2. Good Times Coming / Feel The Sun
    ツーピース構成で展開される楽曲で、レゲエ調のリズムからポップに転換する構成です。楽曲の明確なメッセージやフックに欠けるため、リスナーによっては掴みどころのない印象を受ける可能性があります。
  • 3. Talk More Talk
    ボコーダーやSEを多用した実験的なトラック。マッカートニーの遊び心と80年代技術の融合が見られますが、やや冗長とも受け取られがちです。
  • 4. Footprints
    比較的静かなトーンで進むバラード調の曲。エリック・スチュワートとの共作であり、どこか童話的で不穏な空気が漂う一曲。
  • 5. Only Love Remains
    アルバム中もっとも「ポールらしい」バラードで、シングルカットもされました。ただし『Here Today』のような心に残る深みには欠け、感情的な余韻がやや希薄という評価もあります。
  • 6. Press
    本作の先行発売の第1弾シングルにして最も知られた楽曲。軽快なリズムと、印象的なリフレイン「Darling,I love you very,very,very much」が耳に残ります。
  • 7. Pretty Little Head
    不協和音的なメロディラインと分厚いプロダクションで、アルバム内でも最も“変わり種”。ポリス風サウンドとポールのメロディのミスマッチが指摘されています。
  • 8. Move Over Busker
    ストレートなロックンロール調ナンバーで、ポールが気軽に作ったような楽曲。内容は軽く、ライヴ感を意識した構成となっています。
  • 9. Angry
    ゲストにフィル・コリンズとピート・タウンゼントが参加したことで話題になった楽曲。タイトル通り「怒り」を前面に出した曲調ですが、やや空回りした印象も。
  • 10. However Absurd
    荘厳なエンディングナンバーで、『プレス・トゥ・プレイ』を締めくくるにふさわしい構成。ただしアルバム全体のストーリー性との繋がりに欠けるため、やや唐突感も残ります。

ボーナストラック(CD追加収録)

    • Write Away
      軽快なミドルテンポナンバーで、アルバムの実験性とは対照的に肩の力が抜けた佳曲です。やや地味ではあるものの、ポールのポップセンスが堅実に活きています。
    • It’s Not True
      ラブソング調のミディアム・バラードで、誠実さが感じられる構成です。印象に強く残るタイプではありませんが、ポールの引き出しの多さを示す一曲と言えるでしょう。
    • Tough on a Tightrope
      構成やサウンド面でかなり実験色が強い楽曲です。本編には収まりきらなかった個性派で、後期ウィングスのような影も感じられます。

追加ボーナストラック(再発盤CD以降収録)

    • Spies Like Us
      映画『スパイ・ライク・アス』の主題歌として制作された、MTV全盛期のノリを感じるポップ・チューン。ポップで能天気なメロディが特徴で、好みが分かれる楽曲でもあります。

この曲を初めて聴いた時、レイ・パーカーJr.の「Ghostbusters 」を思い出しました。

この曲は、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの「アイ・ウォント・ア・ニュー・ドラッグ」にそっくり、と言われましたが。

追加ボーナストラック(限定盤・リマスター盤収録)

  • Once Upon A Long Ago(Long Version)
    本来は1987年のベスト盤『All the Best!』に収録されていた楽曲。このロング・バージョンは1993年リマスター盤のみに収録されており、通常版より長く、後半に再びボーカルが戻ってくる構成です。甘く叙情的なメロディと、ポールらしいノスタルジックな空気感に満ちており、ファン人気も高い一曲です。
  • Press(12″ Bevans / Forward Dub Mix)
    12インチ・シングル向けに制作されたミックス・バージョンで、リズムとビートの強調、エコー処理などが加えられたクラブ仕様のリミックスです。ポールの作品としては異色のダブ・アプローチがなされており、MTV世代の空気感を象徴する内容となっています。
    このバージョンも後年のCD再発時や一部コンピレーションでしか聴けないため、コレクターズアイテムとしても注目されています。

80年代のサウンドとプロダクションの変化

1980年代中盤、音楽業界ではテクノロジーの進化がサウンドに大きな変化をもたらしました。

ポール・マッカートニーも例外ではなく、『プレス・トゥ・プレイ』はその変化を象徴する作品となっています。

しかしこの変化の裏には、ある“幻のアルバム”の存在があったのです。

それが未発表に終わったアルバム『Return to Pepperland』(1986)です。

このセッションでは、プロデューサーにフィル・ラモーンを起用。ビリー・ジョエル作品などで知られるラモーンは、暖かみのある職人肌のプロデューサーでした。

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このセッションから唯一公式リリースされたのが、のちにベスト盤『All The Best!』に収録された「Once Upon A Long Ago」です。

この曲は、ストリングスとポールのメロディセンスが美しく溶け合った、叙情的な名バラードであり、アルバム全体が完成していれば『プレス・トゥ・プレイ』とは全く異なる評価を受けていたかもしれません。

しかし、最終的に『Return to Pepperland』はボツとなり、ポールはプロダクションの方向性を大きく転換。

その後任に選ばれたのが、ヒュー・パジャムだったのです。

パジャムはポリスの「見つめていたい」やフィル・コリンズの大ヒット作を手掛け、ゲート・リバーブ・サウンドの立役者として知られます。

『プレス・トゥ・プレイ』にもそのサウンドが色濃く反映され、80年代的なシャープで硬質な音像が特徴となっています。

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ただし、それがポールの温もりあるメロディと必ずしも融合しなかったという意見も多く、ファンの間でも評価は分かれるポイントです。

たとえば「Pretty Little Head」や「Talk More Talk」などは、まるで誰が歌っているのかわからないという印象すら与えます。

この変遷を経て完成した『プレス・トゥ・プレイ』は、まさに“模索の時代”の産物だったのかもしれません。

新しい音に挑戦しつつも、ポール本来の魅力をどう発揮すべきか、答えを探し続けていた様子が窺えます。

「Press」のプロモーション・ビデオとその舞台裏

アルバム『プレス・トゥ・プレイ』の先行発売第一弾シングルとしてリリースされた「Press」は、そのミュージック・ビデオでも注目を集めました

舞台はロンドン地下鉄。実際の乗客と交わりながら撮影されたドキュメンタリー風の映像が特徴です。

当時の英ファン・クラブ会報『Club SANDWICH』によれば、この撮影は事前告知なしのゲリラ・ロケだったとのこと。

にもかかわらず、現場は騒ぎにならず、自然体のポールと一般客の交流が記録される形でスムーズに進行。

ポールが階段を駆け上がったり、エスカレーターで手を振ったり、ファンと軽く会話を交わす様子が微笑ましい映像です。

このビデオは、当時のMTV世代に向けた親しみやすいイメージ戦略の一環でもありました。

「ロックスターではなく、街にいる“普通のポール”」を描く演出は、時代の空気感と絶妙にマッチしていたと言えるでしょう。

現在この映像はYouTubeなどでも視聴可能で、ポールの人懐こさと80年代ロンドンの雰囲気を同時に味わえる貴重な記録となっています。

現在この映像はYouTubeなどでも視聴可能で、ポールの人懐こさと80年代ロンドンの雰囲気を同時に味わえる貴重な記録となっています。

リリース当時の評価とチャート成績

『プレス・トゥ・プレイ』は1986年9月にリリースされました。

リリース当初の反応は、今とはかなり異なり、むしろ肯定的な声が多く聞かれました。

特に日本の音楽誌『ロッキン・オン』では、『バンド・オン・ザ・ラン』や『タッグ・オブ・ウォー』と並ぶ傑作とまで称されたほどです。

実際、チャートアクションも決して悪いものではありませんでした。

特に英国では堅実なセールスを記録し、一定のファン層からは高く評価されていたことが伺えます。

しかし時が経つにつれ、徐々にその評価は失速していきます。

80年代のプロダクションへの風当たりや、ヒットシングルの不在、そして「ポールらしさ」が薄いという印象から、“失敗作” “迷作”と評されるようになっていったのです。

特にアメリカでは、シングル「Press」が全米21位とまずまずの成績だったものの、その後の「Stranglehold」


「Only Love Remains」

は大きく順位を落とし、セールスが伸び悩みました。

この変化は、音楽メディアとリスナーの間での“ポール像”のズレを浮き彫りにしました。

80年代的な“今風”のプロダクションに挑戦したポールに対し、リスナーは従来の“ポールらしさ”を求めていたため、期待と実像のギャップが評価に影響したのです。

とはいえ、「発表当初の高評価」と「現在の再評価の芽生え」は、本作が単なる失敗作でなかったことを証明しています。

アルバムは常に時代の鏡であり、聴き手の変化と共にその姿を変えていくのかもしれません。

シングルリリースとバージョン違いの魅力

『プレス・トゥ・プレイ』期のポール・マッカートニーは、シングル戦略にも力を入れており、7インチ、12インチのバージョン違いが数多く存在します。

これらのシングルは、本編アルバムとは異なるアレンジやミックスが施されており、ファンにとっては重要な別テイクと言えるでしょう。

Party Mix

Alternate Mix

DJ Version

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