ソ連で異例のヒット!ポール・マッカートニー『バック・イン・ザ・U.S.S.R.』の真実

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1988年、当時まだ冷戦下にあったソ連で、ポール・マッカートニーがリリースしたアルバム『バック・イン・ザ・U.S.S.R.(ロシア語表記:CHOBA B CCCP)』が異例の大ヒットを記録しました。

西側ロックに対する規制が残る中、初回5万枚はわずか48時間で完売し、最終的には50万枚超のセールスを達成。ソ連史上、最も成功した西側ロック作品のひとつとして語り継がれています。

この記事では、アルバムの収録曲やリリースの背景、ジャケットデザインやプレス仕様の違い、さらにはWINGS FUN CLUBでの限定配布エピソードまでを徹底的に解説します。

この記事を読むとわかること

  • 『バック・イン・ザ・U.S.S.R.』がソ連で生まれた背景と販売戦略
  • 全収録曲の構成と、初回・2nd・CD盤の違い
  • WINGS FUN CLUBによる幻の限定配布の詳細

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ポール・マッカートニー『バック・イン・ザ・U.S.S.R.』とは?

1988年にリリースされた『バック・イン・ザ・U.S.S.R.』は、ポール・マッカートニーが自身の音楽ルーツである1950年代ロックンロールに立ち返って制作したカバー・アルバムです。

この作品は正式にはロシア語表記で『CHOBA B CCCP(スノーヴァ・フ・エスエスエスエル)』とされ、当初はソビエト連邦国内限定でリリースされました。

西側諸国では入手不可能という逆転の流通戦略が功を奏し、音楽史に残る異例のヒットを遂げたこのアルバムは、後に「ソ連でもっとも成功したロック・アルバム」と称されるようになります。

ロックンロールへの原点回帰から生まれた企画

1987年、前作『Press to Play』の商業的失敗を経たポールは、自身のルーツであるオールディーズやロックンロールへの回帰を目指し、スタジオでセッションを重ねました。

このセッションではエルヴィス・プレスリーやリトル・リチャードといった往年の名曲が演奏され、2日間で22曲が録音されました。

最終的にその中から11曲が厳選され、まずはソビエトの国営レーベル「メロディア」から限定リリースされる運びとなったのです。

アルバムタイトルに込められた皮肉とユーモア

タイトルの『バック・イン・ザ・U.S.S.R.』は、もともとビートルズ時代の同名曲を踏襲したもの。

この楽曲はチャック・ベリーの「Back in the U.S.A.」やザ・ビーチ・ボーイズのスタイルを皮肉たっぷりにパロディ化したことで知られ、当時の冷戦時代を逆手に取ったジョークとしても機能しました。

ポールはこのアイデアをアルバム全体に応用し、西側から見たソ連=閉鎖的というイメージを逆に利用することで、ソ連のロックファンに向けた“贈り物”としての作品を作り上げたのです。

ソ連盤リリースの経緯と反響

『バック・イン・ザ・U.S.S.R.』は、当初ソ連のみで発売されるという異例のプロジェクトとしてスタートしました。

ポール・マッカートニーのマネージャーであるリチャード・マグデンの発案により、ソ連で出回っていた海賊盤を模した“ソ連製ロック・アルバム”という逆輸入的なコンセプトが打ち出されました。

その結果、このアルバムは1988年10月31日、ソビエトのメロディア・レコードから公式リリースされます。

初回プレス(1stプレス)は5万枚が即完売

初版は限定5万枚のプレスで、発売当日からレコード店に行列ができ、わずか48時間で完売しました。

当時のソ連では西側ロックが厳しく制限されていたにもかかわらず、熱心なファンによって“合法的に”購入できる数少ないロックアルバムとして爆発的な支持を受けたのです。

「ポール・マッカートニーがソ連に来てくれた」という象徴的意味合いもあり、若者の間で“西側との精神的接触”として大きな話題を呼びました。

2ndプレスでは2曲追加、全13曲構成に

あまりの反響に応え、1988年12月には追加プレス(2ndプレス)が開始され、2曲を加えた全13曲バージョンが登場しました。

この2曲、「I’m Gonna Be A Wheel Someday」と「Summertime」は、当初セッションから外れていた未発表曲で、ファンにとっては大きなサプライズでした。

2ndプレスは累計50万枚以上を売り上げ、当時のソ連における西側アーティスト作品としては破格のヒットとなりました。

全収録曲とその背景を徹底解説

『バック・イン・ザ・U.S.S.R.』には、ポール・マッカートニーが影響を受けた1950年代のロックンロールやR&Bの名曲がカバー収録されており、彼のルーツと敬意が詰まった作品となっています。

収録曲はプレス時期やリリース地域によって異なり、特に1stプレス・2ndプレス・西側盤CDの構成の違いがコレクター間で注目されています。

以下ではそれぞれのバージョンでの収録曲を解説します。

1stプレスの11曲構成と選曲理由

1988年10月にソ連でリリースされた初回盤(1stプレス)では、以下の11曲が収録されました。

  • Kansas City:ビートルズでもおなじみのアップテンポな定番曲。
  • Twenty Flight Rock:エディ・コクランの代表曲で、ポールがジョンに披露してビートルズ加入を果たした思い出の一曲。
  • Lawdy Miss Clawdy:ニューオーリンズR&Bスタイルで、ピアノが映える。
  • Bring It On Home To Me:サム・クックのバラード。深みあるボーカルが際立つ。
  • Lucille:リトル・リチャードの激しいナンバー。ポールのシャウトも全開。
  • Don’t Get Around Much Anymore:ジャズスタンダードを軽快なアレンジでカバー。
  • That’s All Right (Mama):エルヴィスのデビュー曲を忠実に再現。
  • Ain’t That A Shame:ファッツ・ドミノの曲。ピアノリズムが印象的。
  • Crackin’ Up:ボ・ディドリーのギターリフが活きた、ファンキーなナンバー。
  • Just Because:ロカビリー色の強い軽快な一曲。
  • Midnight Special:トラディショナルな労働歌を温かみのある雰囲気で演奏。

これらはすべて、ポールが10代で夢中になって聴いていた原点の楽曲で構成されており、彼にとっての”音楽的自伝”とも言える内容です。

2ndプレス・西側盤の追加曲とCD版ボーナストラック

2ndプレス(1988年末)では以下の2曲が追加され、13曲構成に:

  • I’m Gonna Be A Wheel Someday:明るく軽快なナンバー。人生を切り開く意志を歌う。
  • Summertime:ジョージ・ガーシュウィンの名曲をスローにカバー。美しいハーモニーが印象的。

1991年の西側盤CDでは、さらにボーナストラックとして

  • I’m In Love Again:ファッツ・ドミノの軽妙なラブソング。西側ファンに向けた新録風味の一曲。

この曲はCD版にのみ収録されたもので、全14曲が揃うのはCDのみとなっています。

なお、セッションでは22曲が録音されており、未発表曲の存在もコレクターの間で話題です。

初回プレスの見分け方とコレクター情報

『バック・イン・ザ・U.S.S.R.』はソ連国内でのみ流通した特殊なリリース形態だったため、現在ではその初回プレス(1stプレス)を巡って世界中のコレクターの間で高値で取引されています。

ここでは1stプレス・2ndプレス・西側盤・ブートレグ盤の見分け方について、具体的なポイントを紹介します。

レーベル番号とマトリクス刻印で確認

最も確実な識別方法は、盤面のマトリクス刻印とレーベル番号です。

  • 初回プレス(1st):レーベル番号 A60 00415 008(B面は009)
  • 盤面マトリクス刻印:A2/B2 または A3/B3 などが多い
  • 2ndプレス:A60 00415 010 / 011 に変更

マトリクス刻印は盤の内周に機械で刻まれており、手彫りではないシャープな書体が特徴です。

この番号が一致していない場合や不鮮明な場合、ブートレグ盤である可能性があります。

ジャケットと裏面の記述も重要ポイント

ソ連盤のジャケットは、ポールの横顔写真と赤い星のグラフィックで構成されており、リンダ・マッカートニーによる撮影です。

裏面にはロイ・カー(Roy Carr)による解説が全編ロシア語で記載されており、これは1st・2nd共通です。

ただし、ジャケット裏右下に記されたレーベル番号(008や010)が異なっているため、これが判別材料となります。

ラベルデザインと文字情報の比較

1stプレスの盤面ラベルは白地に黒文字、全てロシア語表記で、メロディアのロゴと共に簡素に構成されています。

ブート盤はフォントが雑であったり、英語表記が混在していることがあり、ラベル印刷の質が大きく劣ります

また、2ndプレスでは「13曲」「010/011表記」「B3/B4マトリクス」などが見られ、初版と区別できます。

相場と希少性:正規盤の市場価値

現在、状態良好な初回盤(A60 00415 008/009)は、eBayやDiscogsなどで150~300ドル以上で取引されることもあります。

特にジャケット・盤・インナースリーブすべてがオリジナルで揃っているものは非常に希少で、プレミアム価格が付けられます。

逆に、ジャケットやラベルに誤植や粗悪な印刷があるものはブートレグの可能性が高いため、注意が必要です。

WINGS FUN CLUBによる限定配布の事実

『バック・イン・ザ・U.S.S.R.(CHOBA B CCCP)』の2ndプレスは、英国公式ファンクラブ「WINGS FUN CLUB」の会員に、極めて特別な方法で届けられました。

これは『Club Sandwich』第51/52合併号の時期に、通常の会報の代わりとしてLPレコード本体と簡易メモのみが送付されたという極めて珍しい対応でした。

当時のファンにとっては驚きの展開であり、“新聞型の会報は届かず、代わりにソ連盤レコードがポストに入っていた”という出来事は、今なお語り草となっています。

会報に代わる形で届いた2ndプレスの正規盤

ファンクラブから送られたのは、ソビエト・メロディア製の2ndプレスLPで、レーベル番号は「A60 00415 010 / 011」、マトリクスはA3/B3やA4/B4などが見られます。

これに同封されていたのは、会報の代わりとなる簡易的なメモ(インフォシート)で、配布の意図やアルバムの概要が英語で簡単に書かれていました。

つまりこれは、『Club Sandwich』誌面ではなく、アルバムそのものが“会報”の代替だったという極めてユニークなケースです。

ジャケット・盤面は市販盤と同一、由来の証明が価値に直結

送付された盤の内容やジャケットは、ソ連で一般流通していた2ndプレスと完全に同一ですが、

“WINGS FUN CLUB経由で配布された”という出自が、コレクター市場では極めて重要な価値判断基準となります。

特に以下の点がそろっているとプレミアがつきやすいです:

  • LPレコード本体(メロディア正規品)
  • 送付時のメモ・同封文書
  • 発送用封筒(段ボール製など)

ファンとの信頼関係が生んだ“会報以上の贈り物”

ポール・マッカートニーはこの時期、ファンとのつながりをとても大切にしており、このレコード配布も単なる特典ではなく、感謝の気持ちを込めた贈り物だったと受け止められています。

紙の会報ではなく、実際のソ連盤レコードを届けるという行動には、ファンへの特別な愛情とともに、「音楽そのものがメッセージだ」というポールの信念がにじんでいます。

この一風変わった配布方法こそが、『バック・イン・ザ・U.S.S.R.』の歴史的価値をさらに引き上げる要因となったのです。

ソ連で異例のヒットを記録した『バック・イン・ザ・U.S.S.R.』まとめ

『バック・イン・ザ・U.S.S.R.(CHOBA B CCCP)』は、ポール・マッカートニーが冷戦末期に投じた“音楽による文化外交”の象徴とも言える作品です。

ソ連という政治的に閉ざされた地で、わずか数日で数万枚が完売し、最終的には50万枚以上を売り上げたという事実は、当時としてはまさに“異例の大ヒット”でした。

これは単なるロック・アルバムではなく、政治を超えて心に届く音楽の力を証明した歴史的作品だったのです。

文化の壁を越えた“音楽外交”の象徴

西側から見れば「ソ連限定盤」という奇妙な存在でありながら、東側では「西側の英雄が自分たちに語りかけてくれた」かのように受け取られました。

ポール・マッカートニーはこのアルバムを通じて、国境もイデオロギーも超えて人々の心に届く音楽の力を再確認させてくれました。

その結果、政治体制や規制の枠を超えて、音楽が人々の希望や共感を生む場面を我々に見せてくれたのです。

今なお語り継がれる、歴史に残る1枚

ソ連盤LPの収集価値は年々高まり続けており、特に初回プレスやWINGS FUN CLUB経由で配布された個体はコレクターの間で“伝説の盤”とされています。

それは単に希少であるからだけでなく、冷戦という時代の空気と、音楽への情熱が詰まった物理的証拠だからです。

『バック・イン・ザ・U.S.S.R.』は、ポール・マッカートニーのカバー作品であると同時に、時代と心を繋いだ「声なきラブレター」として、今なお私たちの記憶と心に残り続けています。

この記事のまとめ

  • ソ連限定でリリースされた異例のロック・アルバム
  • 収録曲はロックンロールの名曲カバー全14曲
  • 初回・2nd・西側盤で内容が異なる
  • 盤の識別はマトリクス刻印とレーベル番号が鍵
  • WINGS FUN CLUBでは会報の代わりにLPを配布
  • 音楽を通じた文化的メッセージが込められた作品
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