1986年にリリースされた『ライヴ・イン・ニューヨーク・シティ』は、ジョン・レノンのソロキャリアにおける唯一の公式ライブ・アルバムです。
本作は1972年8月30日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで開催された「One To One」チャリティコンサートの音源を収録したもので、社会的・政治的メッセージが色濃く反映されたパフォーマンスとして、今なお高く評価されています。
この記事では、その伝説的な理由、収録内容の違い、バックを務めたバンドや時代背景を深掘りし、ジョン・レノンのメッセージに迫ります。
- ジョン・レノン最後の公式ライブの全貌
- 音源と映像の違いや編集の背景
- 全収録曲に込められたメッセージの意味

『ライヴ・イン・ニューヨーク・シティ』が伝説とされる3つの理由
1. ジョン・レノンにとって最後のフル・ライブだった
1972年のこの公演は、ビートルズ解散後にジョンが行った数少ない公式ライブの一つであり、彼の生涯で最後のフル・コンサートとなりました。
ビートルズは1966年にライブ活動を終了しており、ジョンにとっては6年ぶりの大規模公演でした。
観衆は約25,000人。巨大なマディソン・スクエア・ガーデンで、ソロとして観客の前に立つ彼の姿は、歴史的瞬間そのものでした。
2. 政治・社会的メッセージが色濃く反映されたセットリスト
このライブでは、世界的なヒット曲「Imagine」や「Give Peace A Chance」に加え、女性差別、反戦、社会正義をテーマにした強いメッセージ性のある楽曲が多く演奏されました。
特に「Woman Is The Nigger Of The World」は、放送禁止になったにも関わらず、レノンの信念が貫かれた象徴的な一曲です。
このセットリスト自体が、当時のアメリカ社会に対するレノンの強烈な問いかけであったと言えます。
3. チャリティへの強い想いが込められた「One To One」コンサート
このコンサートは、知的障害を持つ子どもたちを支援するために開催されたチャリティイベントでした。
単なる音楽イベントではなく、平和と人権のための“行動”としてのライブだったのです。
ウィローブロック州立施設に通う子どもたちを支援することが、このコンサートの目的だった。
音源と映像の違い|なぜ評価が分かれるのか?
昼と夜の2公演から構成された編集
このライブは、昼と夜の2公演が実施されました。
アルバム『ライヴ・イン・ニューヨーク・シティ』には主に“昼の部”の音源が使われており、映像作品には“夜の部”の映像が多数収録されています。
昼の演奏は緊張感が強く、夜の演奏はリラックスしているなど、演奏の質に差があり、それがファンの間で評価が分かれる理由です。
カットされたパートとヨーコ・オノの扱い
ヨーコ・オノも本来、複数の楽曲でパフォーマンスを行っていましたが、アルバムでは彼女の楽曲・ボーカル部分がほぼカットされています。
一方、映像版には「Sisters, O Sisters」「Born In A Prison」など、彼女の楽曲も収録されており、編集方針の違いが明確です。
「Come Together」「Cold Turkey」などの異なるテイク
同じ曲でも、昼と夜で別テイクが使用されており、特に「Come Together」では夜の部の演奏がより評価されることが多いです。
ジョンが「Stop the war!」と叫ぶエンディングは、映像版でしか見ることができない名場面です。
全収録曲を解説|ジョン・レノンがこの日に込めた11のメッセージ
『ライヴ・イン・ニューヨーク・シティ』には、ジョン・レノンの代表曲から政治的メッセージの強い作品まで、全11曲が収録されています。
以下に、各曲の背景やライブでの特徴、込められた意味を紹介します。
- New York Cityニューヨークに移住したばかりのジョンの新生活を歌った軽快なロックンロール。ライブのオープニングにふさわしい、エネルギッシュな一曲です。
- It’s So Hard人生の苦しさと人間の弱さを、シンプルな言葉で描いたブルージーな楽曲。ライブではジョンの渋いボーカルと、サックスの音が印象的です。
- Woman Is The Nigger Of The World女性差別に対する強烈な抗議ソング。ラジオ放送では検閲対象となった問題作です。ジョンはこの曲を「真実を歌っただけ」と語っており、ライブでは特に気迫ある歌唱が聴けます。
- Well, Well, Wellジョンのソロ初期の楽曲。ヨーコとの日常を描いた一方で、叫びとノイズが混じる実験的な一曲。ライブではジョンのシャウトが会場を揺らすような迫力を放ちます。
- Instant Karma! (We All Shine On)“カルマ”という仏教思想を取り入れ、行動の結果はすぐに返ってくるという教訓を描いた名曲。シンプルながらメッセージ性とポップさを兼ね備えたライブ定番曲です。
- Motherジョンが自身の母との別離を歌った非常に個人的な楽曲。ライブでは涙を誘うほどの感情を込めたボーカルで観客の心を打ちました。
- Come Togetherビートルズ時代の名曲をソロで再演。ジョンの現在地を象徴する選曲とも言えます。夜公演の映像では、ジョンとギタリストがマイクを共有しながら熱唱する姿が見られます。
- Imagine世界的な平和のアンセム。「想像してごらん、国なんてないと」という歌詞は、今も心に残ります。この日のライブでも静かに会場を包み込み、聴衆に深い余韻を残しました。
- Cold Turkeyドラッグ依存からの脱却を描いた非常にダークな一曲。夜の部の演奏が特に力強く、ジョンが絶叫するような歌唱が印象的です。
- Hound Dogエルヴィス・プレスリーのカバー曲。ライブ後半で観客を盛り上げるアップテンポなロックンロール。ジョンが少年時代から憧れたロックの原点に立ち返ったような一曲です。
- Give Peace A Chanceベトナム戦争への抗議を込めて作られた、不朽の反戦ソング。このライブの締めくくりにふさわしく、観客も一体となって「平和を我らに」と唱和しました。
出演者・バンド情報|エレファンツ・メモリーと豪華メンバー
ジョン・レノンのバックバンド「エレファンツ・メモリー」
このライブでジョンを支えたのは、ニューヨークのローカルバンド「エレファンツ・メモリー」。
急遽メジャーな舞台に立たされた彼らは緊張しつつも、ジョンと共に熱い演奏を繰り広げました。
ジム・ケルトナーの参加とツインドラム構成
さらに、名ドラマージム・ケルトナーがサポートとして参加し、リチャード・フランクとのツインドラム体制で音に厚みを加えました。
| パート | メンバー |
| ボーカル・ギター | ジョン・レノン |
| キーボード | オノ・ヨーコ / アダム・イッポリート |
| ドラム | ジム・ケルトナー / リチャード・フランク |
| ベース | ゲイリー・ヴァン・サイオック / ジョン・ウォード |
| サックス | スタン・ブロンスタイン |
| ギター | ウェイン “テックス” ガブリエル |
当時の社会背景|反戦とチャリティの時代精神
ベトナム戦争と反戦運動の最中での開催
1972年当時、アメリカはベトナム戦争の泥沼にあり、国中で反戦運動が盛り上がっていました。
ジョンの「Give Peace A Chance」は、そんな時代における象徴的なアンセムとなり、音楽が政治的メッセージを持つことの力強さを証明した瞬間でもあります。
チャリティとメッセージを両立させたレノンの覚悟
単なるライブではなく、社会的な目的のある公演を選んだことこそ、ジョン・レノンというアーティストの誠実さを物語っています。
音楽だけではなく、社会に影響を与える行動を取るという姿勢が、多くの人の心を今も打ち続けています。
ジョン・レノン ライヴ・イン・ニューヨーク・シティのメッセージと伝説性のまとめ
なぜ今も多くの人がこのライブに魅了されるのか?
ライブの演奏技術やセットリストの素晴らしさはもちろんのこと、ジョン・レノンが音楽で社会に語りかけた姿勢が、このライブを唯一無二の存在にしています。
ジョン・レノンの音楽と平和への想いを後世に伝える価値
音楽が時代と闘う武器になり得ることを証明したこのライブは、これからも語り継がれていくべき“音楽の記録”であり、“人間の記録”でもあります。
そして、私たちは今も「平和を我らに」と願い続けているのです。
- ジョン・レノン最後のフル・ライブ音源
- チャリティとして開催された歴史的公演
- 反戦・女性差別など社会的テーマが中心
- 昼夜2公演の編集差が評価に影響
- ヨーコ・オノのパートは音源では大幅カット
- Come Togetherなど別テイクの違いに注目
- エレファンツ・メモリーとの共演も話題
- 時代背景はベトナム戦争と市民運動の最中
- 全11曲のセットリストと意味も解説

