1994年にリリースされたアルバム『Come』。それは、プリンスが自身のアーティスト名を捨て、”The Artist Formerly Known As Prince”として活動を始める直前に発表された、ある種の“決別”のアルバムでもありました。
このアルバムは、そのジャケットに「Prince 1958–1993」と刻まれていることからも分かる通り、プリンスという名前に別れを告げる儀式のような意味を持っています。しかしその中には、彼の音楽的実験精神、官能的な美意識、そして社会的なテーマを織り交ぜた楽曲がぎっしりと詰まっているのです。
この記事では、プリンスのアルバム『Come』に込められた“死と再生”のメッセージ、ダークでエロティックな音楽性、そして社会へのメッセージ性に焦点を当て、その魅力を徹底的に解き明かしていきます。
- プリンス『Come』の全収録曲とその特徴
- “死と再生”をテーマにしたアルバムの背景と意味
- プリンスの改名と音楽活動の転機について

プリンス『Come』とは?その背景とコンセプト
『Come』は、プリンスが1994年にリリースしたアルバムで、彼の音楽キャリアの中でも特に異色な位置づけにある作品です。
このアルバムの特徴は、プリンスという名前を捨てる決意を表明したことにあります。
ジャケットに「Prince 1958–1993」と記されていることからも分かるように、このアルバムは彼自身の“死”を象徴するものであり、同時に再生への決意も表しています。
なぜプリンスはこのような決断をしたのでしょうか?
背景にはレコード会社ワーナー・ブラザーズとの確執がありました。
プリンスは長年にわたってワーナー・ブラザーズと契約していましたが、彼の創作意欲とリリースのペースに対し、レーベル側が制限を設けることに強い不満を持っていました。
その結果、彼は自身の名前を放棄し、記号のようなシンボルマークに改名するという前代未聞の行動に出たのです。
『Come』は、その決別を象徴するアルバムでありながら、プリンスの創作エネルギーと実験精神に溢れた作品でもあります。
社会的なテーマ、官能的なエロティシズム、そして彼独自のサウンドが詰め込まれたこのアルバムには、プリンスという存在そのものを超えた、普遍的なメッセージが込められています。
プリンスとワーナー・ブラザーズとの確執
プリンスが『Come』というアルバムを制作するに至った背景には、ワーナー・ブラザーズとの深い確執がありました。
1980年代から1990年代初頭にかけて、プリンスは数々のヒット作を生み出し、アーティストとしての地位を確立していました。
しかしその一方で、ワーナー・ブラザーズはプリンスの音楽リリースの頻度や作品の内容に制限を加えようとする方針を打ち出しました。
この制限に対し、プリンスは強い不満を抱くようになり、次第にレーベルとの関係が悪化していきます。
プリンスは自身の創作意欲を「妨げられている」と感じており、契約の中で音楽を“商品”として扱われることに対する反発を強めていきました。
この反発の象徴として、彼は1993年、突如として名前をシンボルマークに変更し、「The Artist Formerly Known As Prince」と名乗るようになります。
『Come』は、まさにこの時期に制作された作品であり、プリンスがレーベルとの対立の中で、自身の音楽的アイデンティティを模索した結果生まれたものと言えるでしょう。
このアルバムは、単なる契約消化のための作品ではなく、プリンスのクリエイティブな闘争の記録でもあるのです。
“死と再生”というテーマに込めた意味
『Come』に込められた最大のテーマは“死と再生”です。
これはアルバムのジャケットに「Prince 1958–1993」と刻まれていることからも明らかで、プリンスという名前の終焉と、そこから新たな創造への歩み出しを意味しています。
プリンスは音楽業界での制約を打ち破り、アーティストとしての自由を求める決意をこのアルバムに込めたのです。
『Come』の楽曲には、暗くエロティックなムードが漂い、まるで生と死、官能と魂の狭間を彷徨うような感覚を呼び起こします。
特に、タイトル曲「Come」は11分を超える長尺で、胎内回帰を連想させる波の音や、うねるようなビートが生の始まりと終わりを暗示しています。
この楽曲が持つメッセージは、快楽を超えた存在の問いかけであり、聴く者に深い余韻を残します。
また「Solo」や「Papa」など、社会的な問題に触れた楽曲も含まれており、単なるエロティックな作品ではないことを示しています。
『Come』はプリンスの表現者としての深い洞察を映し出し、“死と再生”という普遍的なテーマを音楽に昇華した、特別な作品であることは間違いありません。
『Come』の音楽性と特徴的な楽曲たち
『Come』は、プリンスが培ってきたファンク、R&B、ジャズ、ヒップホップを融合させたサウンドが魅力です。
全体的にダークでエロティックな雰囲気が漂い、聴く者を夢の中に引き込むような深いグルーヴを感じさせます。
このアルバムは、プリンスの音楽的挑戦の集大成とも言える内容で、各曲が異なる表情を持っています。
オープニングを飾る11分超の「Come」は、波のSEとねっとりとしたファンクグルーヴが印象的な曲です。
この曲は官能的なムードの中に強烈な生の欲求を表現しており、まさにアルバムの象徴的な存在です。
「Space」は打ち込みドラムとシンセサイザーが生み出す浮遊感が心地よく、チルアウト的な楽曲として独自の魅力を放っています。
さらに、「Pheromone」はビートの効いたファンクサウンドで、テクノ的要素が混じる実験的な楽曲です。
「Loose!」ではよりアグレッシブなサウンドを展開し、強烈なビートが躍動感を生み出します。
そして「Papa」では、児童虐待をテーマにした社会的メッセージが込められており、重いテーマを扱いながらもプリンスらしい美しさが漂います。
ラストを飾る「Orgasm」は、女性の喘ぎ声と歪んだギターが絡み合う官能的なインストゥルメンタルで、アルバム全体のテーマを余韻として残す役割を果たしています。
これらの楽曲を通して、『Come』は死と再生、官能と魂、社会性と個人という相反する要素を融合させた、唯一無二の作品として高く評価されています。
ダークでエロティックなサウンドの魅力
『Come』を語る上で欠かせないのが、ダークでエロティックなサウンドの世界観です。
プリンスはこのアルバムで、官能性を徹底的に追求し、聴く者の感覚を刺激するような音作りを徹底しています。
波の音、女性の吐息、濡れたようなベースライン、そしてスモーキーなサックスの音色──それらが重なり合い、まるで深夜のベッドルームに迷い込んだような錯覚を覚えるのです。
「Come」では、11分以上にわたる長尺の構成の中で、プリンスの低く響くボーカルがささやくように語りかけ、リスナーを濃密な官能世界へと引き込んでいきます。
「Pheromone」や「Loose!」では、ビートの強さと絡みつくようなシンセが、身体性と快楽を強く意識させる作りになっています。
これらの曲は、まさにプリンスが自身の音楽で「性」を表現する手段として作り上げた、唯一無二のサウンドです。
しかしこのダークでエロティックな世界は、単なる官能表現にとどまりません。
プリンスはこのアルバムで、生と死、快楽と罪、創造と破壊といった普遍的なテーマを音楽を通じて問いかけています。
その奥深さこそが『Come』の大きな魅力であり、聴けば聴くほど新たな発見を与えてくれるのです。
社会的メッセージを込めた楽曲群
『Come』には、単なる官能的な表現を超えた社会的なメッセージが込められた楽曲が含まれています。
その代表が「Papa」です。この曲では、児童虐待という重いテーマに真正面から向き合い、痛烈な批判とともに聴く者に衝撃を与えます。
プリンスは、繊細なメロディに乗せて、虐げられた子どもの悲しみや怒りを表現し、社会が抱える闇に光を当てました。
また「Solo」では、プリンスのファルセットボイスとハープだけで構成されたシンプルなサウンドが、孤独や魂の叫びを感じさせます。
この曲は、人間の内面にある孤独と向き合うような静けさがあり、アルバム全体のムードに深みを与えています。
さらに「Race」では、人種問題に関するテーマを扱い、社会的な対立や不平等に対して鋭い視点を投げかけています。
これらの楽曲群は、プリンスが単なるエンターテイナーではなく、社会と向き合うアーティストであることを示しています。
彼が持つメッセージ性の強さと、音楽を通じて問題提起を行う姿勢が、このアルバムの深い魅力の一つなのです。
11分間のタイトル曲『Come』の衝撃
アルバム『Come』の冒頭を飾る表題曲「Come」は、11分を超える長尺の楽曲で、聴く者に強烈なインパクトを与えます。
この曲は、冒頭の波音から始まり、徐々に重厚なビートとエロティックなベースラインが重なり合い、胎内回帰を思わせるような神秘的な雰囲気を醸し出しています。
プリンスの低音のヴォーカルがささやき、語りかけるような歌い方が、リスナーを快楽と死の狭間へと引き込みます。
曲の中盤以降では、ファンク特有のグルーヴ感が高まり、サックスのソロがエロティックな色彩を加えます。
この曲のサウンドは、官能的でありながらも内省的で、強い引力を持つ不思議な魅力があります。
また、11分間という長さは商業音楽としては異例であり、プリンスが自身の創作欲求を優先し、レーベルの意向に縛られない姿勢を象徴していると感じます。
「Come」は単なる一曲ではなく、プリンスの音楽哲学を体現する存在です。
死と再生、快楽と魂の探求、そのすべてを音楽に昇華したこの楽曲は、『Come』というアルバム全体の象徴であり、リスナーに深い余韻を残す名曲であることは間違いありません。
改名とその後の音楽活動
『Come』のリリース後、プリンスは「Prince」という名前を捨て、シンボルマークでの活動を本格的に開始しました。
この決断は、レコード会社ワーナー・ブラザーズとの契約問題から生じたものであり、彼にとっては創作の自由を取り戻すための強烈な意思表示でもありました。
「The Artist Formerly Known As Prince」という呼び方が広まったのも、この時期の出来事です。
改名後もプリンスは積極的に作品を発表し続け、『The Gold Experience』や『Emancipation』といった重要なアルバムを世に送り出しました。
これらの作品には、『Come』で培った実験精神と自由な創作意欲が色濃く反映されており、彼の音楽はさらに深化を遂げていきます。
改名は単なる話題作りではなく、プリンスのアーティストとしての信念を示す行動だったのです。
後年、プリンスは再び「Prince」という名前を取り戻しましたが、『Come』の時期に見せた闘志と実験精神は、その後のキャリアにおいても確実に生き続けました。
この改名劇は、プリンスのキャリアにおける重要なターニングポイントであり、音楽業界におけるアーティストの権利についても大きな議論を巻き起こしたのです。
『Come』が示したプリンスの創作哲学
『Come』というアルバムには、プリンスの創作哲学が濃密に込められています。
プリンスは、レーベルの意向に従うことなく、自らの内面から湧き上がる音楽を表現し続ける姿勢を貫きました。
その結果として生まれたのが、『Come』の持つダークでエロティックな世界観であり、社会的なテーマを織り交ぜた深いメッセージ性なのです。
特にこのアルバムでは、“死と再生”という普遍的なテーマに向き合うことで、アーティストとしてのアイデンティティを再定義しようとする意志が強く感じられます。
これは単なる自己表現ではなく、商業的な成功に左右されない芸術家としての矜持を示した行為でもありました。
『Come』は、プリンスが自身の音楽を「作品」ではなく「生き様」として提示したアルバムであり、レコード業界への強烈なメッセージでもあったのです。
プリンスは音楽を通じて、リスナーに「自分は何者か」「何のために生きるのか」という根源的な問いを投げかけています。
それは、彼がアーティストとして常に求めていた「真実の追求」であり、音楽の枠を超えた精神性の表現でもありました。
『Come』を聴くことで、私たちはプリンスの創作哲学の核心に触れることができるのです。
『Come』全収録曲とその解説
- Come波の音のイントロとプリンスの囁きから始まる11分超のタイトル曲。粘り気のあるファンクグルーヴが官能的で、シンプルな構成ながらアレンジの変化が巧み。プリンスらしい低音のボーカルが妖艶な空気を醸し出しています。
- Space宇宙をテーマにしたスペーシーなナンバー。浮遊感のあるサウンドと打ち込みのビートが心地よく、シングルカットもされています。最初は地味に感じますが、聴き込むほどに癖になる曲です。
- Pheromoneフェロモンをテーマにした変態的ファンクソング。プリンスのささやきが生々しく、ファルセットが魅力的。直接的なエロティシズムを表現した挑戦的な一曲です。
- Loose!テクノの要素が強いアグレッシブなトラック。プリンスの怒鳴りボーカルが強烈で、ライブ感を感じさせます。シンプルながら高揚感のある曲です。
- Papa児童虐待をテーマにしたダークでシリアスな楽曲。語りかけるようなボーカルが不気味で、社会的な問題意識を感じさせます。救いのない世界観が胸に刺さります。
- Race人種差別をテーマにしたポジティブなメッセージソング。ホーンが効いた明るいアレンジで、重いテーマを軽やかに包み込みます。「同じ血が流れている」という歌詞が印象的です。
- Darkファルセットを活かしたバラード。楽曲としてのインパクトは薄めですが、アルバムのムードを支える静かな存在です。
- Soloファルセットとハープだけで構成された荘厳なアカペラ楽曲。「神」を連想させるような神聖さがあり、アルバム中でも特に異彩を放つ一曲です。
- Letitgo落ち込んだムードを持ち上げるミディアム・テンポのナンバー。「これからは自由にやっていく」という決意を表現した歌詞が、プリンス名義での最後の曲としてふさわしい内容です。
- Orgasm女性の喘ぎ声とノイズが絡むインストゥルメンタル。タイトル通り性的な快感を音で表現した曲で、アルバムのラストを飾る強烈な余韻を残します。初めて聴くときは一人で聴くことを推奨されるほど刺激的な内容です。
まとめ:プリンス『Come』が私たちに問いかけるもの
『Come』は、プリンスが自身のアーティスト名を捨て、創作の自由を取り戻そうとした決意の記録とも言えるアルバムです。
ダークでエロティックなサウンド、社会的テーマを内包した楽曲群、そして11分間の大作「Come」に象徴される“死と再生”の物語が、この作品に強烈な個性を与えています。
『Come』は、プリンスが音楽業界と向き合い、自らのアイデンティティを問い直した過程を映し出しています。
このアルバムを通じてプリンスが私たちに問いかけているのは、「あなたは自分の声を持っていますか?」「社会や権力に流されず、自分を表現できていますか?」という普遍的なテーマです。
『Come』は単なる音楽作品を超え、アーティストとしての矜持とメッセージ性を強く感じさせる一枚であり、聴くたびに新たな発見を与えてくれます。
改めて『Come』を聴き返すことで、プリンスの音楽の奥深さと、彼が私たちに遺した問いかけを感じてほしいと思います。
- 『Come』はプリンスが「死と再生」をテーマにした作品
- 全10曲にわたりダークでエロティックな世界を展開
- 社会的テーマも取り入れた深いメッセージ性が特徴
- プリンスの改名と創作の自由を求めた背景を理解できる
- 長尺の「Come」が持つ衝撃と音楽的挑戦
- プリンスの創作哲学とアーティストとしての姿勢が分かる

