『ブラック・アルバム』――その名前を耳にするとき、私たちは「封印された音楽」の響きに心がざわつく。プリンスという孤高のアーティストが、なぜこのアルバムを「邪悪」だとし、発売寸前で封印したのか?そして、なぜそれがなおも語り継がれるのか?
この記事では、プリンス『ブラック・アルバム』が誕生した背景、彼がこの作品に込めた意図、そしてファンクの極みとも言える音の魔術について、丁寧に紐解いていきます。ヒップホップへの皮肉、ファンクへの回帰、時代への反発——その全てが渦巻くこのアルバムを通して、プリンスという稀代のアーティストの魂の軌跡に触れてみませんか。
この記事を読むとわかること
- プリンス『ブラック・アルバム』の制作背景と発売中止の理由
- 楽曲に込められたヒップホップへの皮肉やファンクのこだわり
- 現在の評価や、アルバムが持つ音楽的価値の再発見

『ブラック・アルバム』とは?その背景と制作秘話
『ブラック・アルバム』は、プリンスが1987年にリリース予定だった幻のアルバムです。
その制作背景には、プリンスの創作意欲のピークと、音楽業界への反発、そして彼自身の精神的葛藤が深く関わっています。
当初『The Funk Bible』とも呼ばれていたこのアルバムは、あえて無記名の黒一色のジャケットでリリース予定で、商業的成功を度外視した作品として構想されていました。
制作は、プリンスが所有する「Paisley Park Studio」で、彼の創作力が爆発していた時期に行われました。
大量の未発表曲が生まれ、彼はまるで息をするかのように音楽を作り続け、時には夢の中で曲を思いつき、真夜中にバンドメンバーを呼び出したという逸話も残っています。
この異常なまでのワーカホリックぶりこそ、プリンスの創作の原動力であり、『ブラック・アルバム』の密室的なファンクサウンドを生み出した要因でした。
当時の彼は、1986年の『パレード』や『サイン・オブ・ザ・タイムズ』で革新的なサウンドを打ち出しながらも、より黒人音楽のルーツに回帰しようとしていたと言われています。
しかし、その一方で彼の中には、自己破壊的な衝動や、音楽業界に対する不信感が渦巻いていました。
実際、リリース中止のきっかけとなったのは、彼が宗教的な啓示を受けたというエピソードです。
プリンスはこの啓示を受けて、「『ブラック・アルバム』は悪の産物であり、世に出すべきではない」と感じたと言われています。
この決断により、『ブラック・アルバム』は市場から姿を消し、一部のプロモ盤のみが流通する幻の作品となりました。
さらに、このプロモ盤からは多数のBootleg(海賊盤)が作られ、ファンの間で熱狂的に取引されることになります。
これらのBootlegは「幻の名盤」として一躍ベストセラーとなり、ブラック・アルバム伝説の一端を担う存在となりました。
結果的に『ブラック・アルバム』は、プリンスのキャリアの中で特異な位置を占める、「一度は封印された幻のファンク」として語り継がれることになります。
しかし、完成間近で「邪悪なアルバムだ」との神の啓示を受け、プリンス自身が発売を中止。
この決断は当時の音楽業界に大きな衝撃を与え、後に『ブラック・アルバム』は伝説のアルバムとして語り継がれることになります。
その背景には、商業主義への反発、ヒップホップ台頭への皮肉、そして純粋なファンクへの回帰といったテーマが交錯しており、まさにプリンスの音楽哲学が凝縮された作品だったのです。
ヒップホップへの皮肉とファンクの逆襲──プリンスの意図を読み解く
『ブラック・アルバム』は、プリンスがヒップホップ台頭への皮肉を込めて制作したと言われています。
特に「Dead on It」では、プリンスは自らラップを披露しながらも、ヒップホップ的なスタイルに対して軽妙な風刺を交えています。
その背景には、当時の音楽シーンで急速に勢力を伸ばしつつあったヒップホップへのプリンスなりの視点があり、ファンクの伝統を守りたいという彼の強い意思が見え隠れしています。
また、『ブラック・アルバム』全体が持つファンクの濃密さは、ファンクというジャンルへの逆襲とも言えるものでした。
「Le Grind」「Superfunkycalifragisexy」「2 Nigs United 4 West Compton」などの楽曲では、パーティー感あふれるグルーヴと狂気すら感じさせるテンションが共存し、他のプリンス作品にはない特異な世界観を作り出しています。
特に「Bob George」は、浮気を問い詰め銃撃してしまう狂気じみた歌詞で知られ、このアルバムが「危険なアルバム」と語られる理由の一つとなっています。
しかし、改めて聴き直すと、単なる怒りや狂気ではなく、プリンスの音楽的なユーモアや社会へのメッセージが多層的に表現されていることがわかります。
彼は決して単なる批判者ではなく、自らの音楽哲学をファンクのフォーマットで表現しようとしたのです。
その挑戦は、時を超えて聴く私たちに、「なぜこのアルバムが特別なのか?」という問いを投げかけてきます。
『ブラック・アルバム』の楽曲解説と聴きどころ
『ブラック・アルバム』には、プリンスが持つファンクの粋が凝縮されています。
収録曲は全8曲で、どの楽曲も強烈なグルーヴと、変態的とも言える個性が際立っています。
特に注目したいのは、冒頭を飾る「Le Grind」。リズムだけで突き進むプリミティブなファンクで、男女の掛け合いが印象的です。
「Cindy C」は、シンディ・クロフォードへの求愛を歌ったファンク曲で、カミールボイスとの相性が抜群。
腰が砕けそうなほどのリズムに乗せて展開するこの曲は、アルバムの中でも特にファンキーな一曲として知られています。
「Dead on It」では、プリンスがラップに挑戦しつつも、どこかユーモラスなテイストが加わっているのが特徴です。
「Bob George」はこのアルバムの中でも特異な存在で、回転数を落とした声で語られる狂気と暴力性が際立っています。
この曲が『ブラック・アルバム』封印のきっかけの一つとされるのも納得で、聴く人を挑発する危うさを持っています。
「Superfunkycalifragisexy」や「2 Nigs United 4 West Compton」では、プリンス流のリズム重視のファンクが炸裂し、インストゥルメンタルでジャム感あふれる展開が魅力です。
そして「Rockhard in a Funky Place」は、まったりとしたミドルテンポのファンクで締めくくられます。
この曲もまた、プリンスらしい艶のあるギターが映える一曲で、最後に聴き終えたときの余韻が心地よいです。
『ブラック・アルバム』は、リズムに始まり、リズムに終わるファンクの金字塔であり、プリンスがファンクに込めたメッセージを余すところなく感じさせてくれます。
『ブラック・アルバム』全曲解説とレビュー
『ブラック・アルバム』には、プリンスが「ファンクの聖書(The Funk Bible)」として創り上げた楽曲が並び、彼の野心と挑戦が色濃く表れています。
それぞれの曲には、彼自身の内面や時代背景が反映され、ファンク、ヒップホップ、ロック、さらには官能性や皮肉が交錯しています。
また、プロモ盤ではこのアルバムの楽曲は1〜4曲目、5〜6曲目までが繋がっており、シームレスな流れで楽しむスタイルが採られていました。
ただし、CDでは途中から聴くことができず、全曲が独立していたLP版とは異なる体験がありました。
公式にリリースされた際には、1曲1曲がきちんと区切られており、再生しやすさが向上したのも特徴です。
1. Le Grind(ル・グライン)
アルバムの幕開けを飾るこの曲は、まさにパーティーチューンの真骨頂。
シンセベースとホーンセクションが重なり合い、キャッチーでダンサブルなグルーヴを生み出しています。
「Funk Bible」というワードが歌詞に登場し、アルバムのコンセプトを象徴する一曲です。
2. Cindy C.(シンディ・シー)
プリンスが当時出会ったスーパーモデル、シンディ・クロフォードからインスピレーションを得た楽曲。
キャット・グローヴァーのラップが挿入され、ユーモラスで挑発的な歌詞が目を引きます。
シンセとホーンが織りなすファンクサウンドが心地よく、ライブ映えするナンバーです。
3. Dead On It(デッド・オン・イット)
ヒップホップに対するプリンスの挑発的な批評が込められた曲。
「ラッパーは音痴だ」という歌詞で、当時のラップブームへの疑問や皮肉が垣間見えます。
シンプルなビートにプリンスのラップが乗る、ユニークな一曲です。
4. When 2 R In Love(ホエン・トゥ・アー・イン・ラブ)
アルバム唯一のバラードで、後の『Lovesexy』にも収録。
美しいメロディと繊細なボーカルが響き渡り、アルバム全体の中で一輪のバラのような存在です。
官能的でありながらも、どこか切なさを感じさせる名曲です。
5. Bob George(ボブ・ジョージ)
暴力的で挑発的な歌詞が話題となる、異色のダークナンバー。
プリンスが低音の変声でキャラクターを演じ、元マネージャーのボブ・カヴァロや批評家ネルソン・ジョージを名指ししたタイトルにも象徴性があります。
怒りとユーモアが共存する、まさにプリンスの内面を映した楽曲です。
ちなみにこの曲は、二度目の来日公演「LOVESEXY TOUR」でも演奏され、強烈なインパクトを残しました。
6. Superfunkycalifragisexy(スーパー・ファンキー・カリフラジセクシー)
タイトルは「メリー・ポピンズ」の “Supercalifragilisticexpialidocious”からの影響を受けているとされています。
超ファンキーで遊び心満載な一曲で、プリンス特有のシンセフレーズとリズムギターが炸裂しています。
この曲も「LOVESEXY TOUR」で披露され、ライブではエネルギッシュなパフォーマンスで観客を熱狂させました。
7. 2 Nigs United 4 West Compton(ツー・ニグズ・ユナイテッド・フォー・ウエスト・コンプトン)
シーラ・Eとのジャムセッションを軸に生まれた、7分に及ぶインストゥルメンタル。
プリンスのギターとエリック・リーズのサックスが絡み合う、アドリブ感満載のグルーヴが魅力です。
ライブ感溢れるエネルギーに満ちています。
8. Rockhard In A Funky Place(ロックハード・イン・ア・ファンキー・プレイス)
もともとは幻の『Camille』プロジェクト用に制作された曲で、プリンスのカミーユ・ヴォイスが特徴的。
ファンクとロックが融合し、挑発的でアブノーマルな世界観を演出しています。
アルバムの締めくくりにふさわしい、ダークで刺激的な楽曲です。
『ブラック・アルバム』の魅力と音楽的価値
『ブラック・アルバム』は、プリンスのキャリアの中で最も謎めいた存在として語り継がれている作品です。
発売中止という異例の経緯、プロモ盤流出によるブートレグの伝説、そして公式リリースの経緯など、単なる音楽作品を超えた「物語」を持っています。
しかし、その真価はやはり音楽そのものの革新性と実験性にあります。
まず、本作はプリンスが「ファンクの極致」を目指し、過激なビート、官能的な歌詞、挑発的なコンセプトを惜しみなく詰め込んだアルバムです。
SuperfunkycalifragisexyやLe Grindでは、エッジの効いたファンクサウンドとダンスビートが融合し、「踊るための音楽」というプリンスの真髄が表れています。
一方でBob GeorgeやDead On Itでは、当時のヒップホップシーンや音楽業界に対する強烈な皮肉が込められており、社会的なメッセージも強く感じられます。
また、プリンスはこのアルバムで「黒さ(Blackness)」をテーマに据え、商業的な成功や白人マーケットへの迎合から意識的に離れ、自身のルーツに回帰する姿勢を見せています。
これは、1980年代後半のプリンスが直面していたアイデンティティの揺らぎと、アーティストとしての自己再定義の試みとも言えるでしょう。
『ブラック・アルバム』は、決して万人受けする作品ではありません。
しかし、その挑発的な姿勢と、唯一無二のサウンドは、プリンスの表現力の高さを示す重要な証拠であり、彼の作品群の中でも特異な輝きを放っています。
公式リリースは短期間で終了し、現在も入手困難な作品であることからも、その希少性と価値の高さは計り知れません。
このアルバムが持つ「禁断の音楽」というオーラは、今もなお多くのリスナーを惹きつけ続けています。
『ブラック・アルバム』の評価と現在の価値
『ブラック・アルバム』は、プリンスのキャリアの中でも特異な立ち位置を持つアルバムです。
発売前にキャンセルされた「お蔵入りアルバム」でありながら、ブートレグとして流通し、多くのファンが手にした伝説的な存在となりました。
1994年の公式リリースは、ワーナーとの契約枚数消化の一環という側面がありましたが、それでも多くの人が「これを待っていた!」と感じ、買い求めたことは間違いありません。
音楽的には、密室的で濃密なファンクが特徴で、JBやP-Funkに通じるグルーヴ感を持ちながらも、プリンスらしいクリーンさと制御されたアレンジが光ります。
一方で、「このアルバムを当時出していたら、プリンスはファンク専業のアーティストというレッテルを貼られていたのではないか?」という視点もあり、ポップ層へのアピールを考慮して発売を躊躇したのでは、との推測もあります。
その背景には、プリンス自身の音楽的多面性を守りたいという葛藤や、より大きなマーケットで成功を収めたいという野心があったことも見え隠れしています。
現在では、『ブラック・アルバム』は「幻の名盤」として語り継がれ、再評価されています。
特にその密度の高いファンクグルーヴは、現代のリスナーにとっても新鮮であり、プリンスの音楽的実験精神を象徴する作品として価値が高まっています。
『ブラック・アルバム』を聴くことは、プリンスの創作力の絶頂期に触れる貴重な体験であり、その独自性を再確認する機会でもあります。
まとめ:『ブラック・アルバム』を聴くという冒険
プリンス『ブラック・アルバム』は、単なるアルバムではなく、聴く者を挑発し、刺激する音楽体験そのものです。
発売中止という異例の経緯、ブートレグとしての流通、そして1994年の正式リリースを経て、今では「幻の名盤」として伝説的な位置を占めています。
その背景には、プリンスの創作力の爆発、ヒップホップへの皮肉、ファンクの逆襲、そして音楽業界や社会への複雑なメッセージが詰め込まれていました。
「Le Grind」で始まる密室的なグルーヴ、挑発的な「Bob George」、そして異色のバラード「When 2 R In Love」など、多様な表情を見せる楽曲群は、プリンスの音楽的野心と葛藤を如実に表しています。
聴く者はその濃密さに圧倒されながらも、「なぜこれが発売中止になったのか?」という問いに駆られるでしょう。
『ブラック・アルバム』は、今もなお新たな発見を与えてくれるアルバムであり、プリンスの音楽の核心に触れるための冒険なのです。
プリンスの音楽に触れたことがある人も、まだ聴いたことがない人も、ぜひ一度、『ブラック・アルバム』という禁断の扉を開けてみてください。
そこには、音楽の魔法と狂気が交差する世界が広がっています。
この記事のまとめ
- プリンス『ブラック・アルバム』は発売中止された幻の作品
- 密室的で濃密なファンクサウンドが特徴
- ヒップホップへの皮肉や社会への批判が込められている
- 発売中止の背景にはプリンスの音楽的多面性への葛藤がある
- 1994年に限定リリースされ、伝説のアルバムとして語り継がれる

